空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』が発刊された。鎌田浩毅氏(京都大学名誉教授)「美しい空や雲の話から気象学の最先端までを面白く読ませる。数学ができない文系の人こそ読むべき凄い本である」、斉田季実治氏(気象予報士、「NHKニュースウオッチ9」で気象情報を担当)「空は「いつ」「どこ」にいても楽しむことができる最高のエンターテインメントだと教えてくれる本。あすの空が待ち遠しくなります」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

「気象台に入ってもよろしい」…貴族の家に生まれ、富士山にかかる雲を愛し続けた伝説の「雲の伯爵」富士山の吊るし雲(左)と笠雲(右)(写真:初谷敬子)

伯爵家に生まれた元貴族

 雲のメッセージを読み解こうと試みた、阿部正直(1891―1966)という人がいました。

 彼は伯爵家に生まれた元貴族でした。旧制高校入学前に日本アルプスを登山した際、一七・五ミリフィルムのカメラで雲を撮影していましたが、このときは雲の研究をするとは思っていませんでした。

 阿部は八歳のとき、日本に初めて輸入された映画(活動写真)の発表会に父に連れられて参加してから映画撮影に興味を持ち、夢中になっていました。

寺田寅彦からのアドバイス

 そのため自然現象に映画を利用したいと考えていたところ、物理学者の寺田寅彦(1878―1935)からの「雲の撮影をして研究したらいい。立体撮影も必要だ」とのアドバイスがあり、雲の研究を決意したのです。

 そして御殿場に「阿部雲気流研究所」を自費で設立――富士山周辺の雲の研究をはじめます。当時まだ高価だったカメラやフィルムを使い、初めて複数の方向から雲を立体的に撮影するとともに、二十秒ごとのコマ落とし撮影も行い、雲の時間変化と場所の変化を観測したのです。

 富士山によくかかる「笠雲」や「吊るし雲」という雲について、阿部は一年を通して観測を行い、雲の形とその仕組みを調べあげました。その結果、富士山では二〇種類の笠雲、一二種類の吊るし雲があることがわかったのです。

 笠雲は山頂が笠をかぶったような形の雲で、湿った空気が富士山の斜面を昇って降りる中で発生します。山を越える空気が波を作り、それが風下側の上空にも伝わって、山から離れたところに空から吊るされたような形で現れる雲が、吊るし雲です。

 笠雲や吊るし雲はレンズ雲とも呼ばれ、ツルッとした見た目は上空が強風になっている証拠でもあり、天気が崩れるサインとしても読み取れます。

 雲や空を見ることで天気の変化を予想することは「観天望気」と呼ばれており、地元・御殿場では「山頂を覆う一つ笠は雨の兆し」「断続的に刻みをつけて東に流れる波笠は風雨の兆し」として言い伝えられています。

「気象台に入ってもよろしい」…貴族の家に生まれ、富士山にかかる雲を愛し続けた伝説の「雲の伯爵」イラスト:笠雲と吊るし雲の分類

 阿部の研究ののち、日本海低気圧によって湿った空気が南から流入することで笠雲が発生し、それから寒冷前線が通過して雨や風が強まりやすいことも、統計的に確かめられました。阿部正直が御殿場で行っていた雲の研究はそうした意味でも非常に重要です。

「入ってもよろしい」

 その後の阿部は、気象庁の前身、中央気象台のトップだった藤原咲平からの「どうだ、気象台に入らないか」との誘いに、「入ってもよろしい」と答え、気象台の一員になります。阿部はのちに、私が所属する気象庁気象研究所の初代所長に就任しました。

 初代所長が雲への愛に溢れた雲の伯爵だったという事実に、胸が熱くなります。

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしから抜粋・編集したものです)

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・博士(学術)。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事したあと、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、気象災害をもたらす雲の仕組みの研究に取組んでいる。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、KADOKAWA)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、新刊に『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(ダイヤモンド社)などがある。
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