空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』の内容の一部を特別に紹介します。

【雲研究者が考察】天空の城ラピュタに登場する「竜の巣」の正体とは巨大積乱雲(Photo: Adobe Stock)

宮崎駿作品の「空」を楽しむ

 日々空と向きあっていると、テレビや映画を見ても、本を読んでも、とにかく「気象」が気になってきます。とりわけ、スタジオジブリのアニメーション作品には空がよく出てくるため、気象への愛が溢れ出ます。

 たとえば、『天空の城ラピュタ』(宮崎駿原作・脚本・監督、東映)はとても興味深い作品で、その象徴となっているのが「竜の巣」という巨大な雲です。

「竜の巣」は天空の城であるラピュタを覆っていて、侵入しようとする者を寄せつけず、弾き飛ばしてしまいます。主人公のパズーとシータが「竜の巣」へと向かう様子は、映画のクライマックスシーンの一つです。

シータの台詞の意味

 私が「竜の巣」をつい気象学的に考察した結果、スーパーセルと呼ばれる「巨大積乱雲」であることが示唆されましたので、ここに報告します。「竜の巣」で特徴的なのは「雷活動を伴う」ことや「もくもくしていて背が高い」ことです。

 これだけで積乱雲の一種であることがわかりますが、注目したい映像的特徴や証言がいくつもあります。

 作品内に登場する飛行船「タイガーモス号」において、空中海賊ドーラが「風力一〇」という数値を口にすることです。

 この数値は、風の強さを分類する「ビューフォート風力階級」と推定できます。「風力一〇」は、ストーム(全強風または暴風)という階級で、風速が二四・五メートル毎秒以上~二八・五メートル毎秒未満の風が吹いていることになります。

 作中では風向きについては言及されていませんが、「針路九八で速力四〇」という表現があるので、タイガーモス号は東に進んでいるということがわかります。

 さらにシータが「夜明けが横からくるなんて」といっているので、東に向かっていたはずが、何らかの気流の影響でいつの間にか北に向かっていたと理解できます。

巨大な雲「竜の巣」

「水銀柱がどんどん下がっている」「どんどん引き寄せられている」という証言もあるので、タイガーモス号が高度を一定に保ったまま飛行していると仮定すれば、低気圧の中心に向かっていると考えられます。敵の動向を把握するためグライダーのようなもので飛行船本体から離れていたパズーとシータは、その後、巨大な雲「竜の巣」に遭遇するのです。

 そこでは「逆に風が吹いている」「すぐそこに風の壁がある」という証言と映像資料があります。タイガーモス号は向かい風を受けながら飛んでいますが、そこでは逆向きの流れがあり、それは「竜の巣」の中にある低気圧の回転によるものだということです。

竜の巣の正体

 つまり、積乱雲の中に小さな低気圧「メソサイクロン」があるということが示唆されています。

 つまり、メソサイクロンの反時計回りの回転によって、タイガーモス号とパズーたちの乗るグライダーはスーパーセルの北側まで流されたのです。タイガーモス号やパズーたちのグライダーが突入した「竜の巣」の中では、竜のような稲妻が光っています。

 それほどまでに雷活動が活発な積乱雲であれば、内部は霰や雹のような電荷が増えやすい粒子の多い環境になっているはずです。 ただ、雨の表現はそれほど激しくはありません。霰や雹、もしくはそれらが融けた雨が強く降っているはずなのに、そうでもないということは、古典的な「スーパーセル」か「弱降水型のスーパーセル」である可能性が高いと考えられます。

【雲研究者が考察】天空の城ラピュタに登場する「竜の巣」の正体とは

 この考察では、「竜の巣」の中心付近に雲がなく晴れているという状況を考慮していません。このような状況は、台風の「眼」を思わせますが、映像資料による雲の大きさから台風とは考えにくいです。

 その謎を思うと、楽しい想像がさらに広がっていきます。

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしからの抜粋・編集したものです)

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・博士(学術)。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事したあと、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、気象災害をもたらす雲の仕組みの研究に取組んでいる。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、KADOKAWA)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、新刊に『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(ダイヤモンド社)などがある。
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