空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』の内容の一部を特別に紹介します。

【気象の世界史】意外に知らない…第二次世界大戦の「最重要の軍事機密」と気象学の関係とは?Photo: Adobe Stock

第二次世界大戦と気象観測

 科学技術の多くは戦争をきっかけに発達するといわれており、気象の分野でも同様でした。

 第二次世界大戦はレーダーや観測技術、そしてコンピュータの発達を加速させました。気象観測の発達でもっとも顕著だったのは、ラジオゾンデによる高層気象観測です。

 この世界大戦をきっかけに、上空も含めた三次元の観測、つまり現在の天気予報に使われる観測が日常的にできるようになったのです。

 長期予報の軍事的価値は計り知れません。

 高層観測網が拡大したことによって、軍隊で気象技術者が養成されるようになり、その数は一気に増加しました。

最重要の軍事機密

 第二次世界大戦中には、電波を使って遠くの航空機を探知する実験が進み、レーダーの本格的な開発もはじまりました。

 レーダー開発は当時、最重要の軍事機密でした。

 戦争で必要なのは空中の航空機の存在をいち早くキャッチすることです。

 大気中の雨や雪に当たって戻ってくるレーダーの電波は軍事的にはノイズだったのですが、それがのちに、数百キロメートル先の雨や雪を探知するための気象学の研究ツールになり、嵐の規模や強さ、進行速度を調べるのに役立つようになるのですから、思いも寄らないところから物事は進んでいくものです。

電子計算機の開発とノイマン

 戦時中に観測方法が発達し、豊富なデータが扱えるようになると、今度はデータの品質を管理して計算する効率的な方法が必要になります。それを可能にしたのが、電子計算機(コンピュータ)でした。

 電子計算機の開発に尽力したのが、数学者のジョン・フォン・ノイマン(1903~1957)です。彼は原子爆弾開発のマンハッタン計画に参加した人物としても知られています。

 爆発の際の流体力学を測定するためにコンピュータの開発に関わるようになり、そのコンピュータで扱う対象として、気象の数値予報を選んだといわれています。なお、日本で気象学の第一人者といえば、東京大学の正野重方(1911~1969)です。

「電子計算機を買うのか庁舎を買うのか」

 ご本人ももちろんすごいのですが、弟子として教えを受けた方々もとにかくすごい方だらけです。

 突風被害の状況から風速を推定する藤田スケール(Fスケール)を作った藤田哲也(1920~1998)、二〇二一年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎(1931~)などなど、錚々たる学者たちが正野のもとで学んでいます。

 正野は電子計算機を導入して数値予報を行おうとしました。「電子計算機を買うのか庁舎を買うのか」と当時の大蔵省(現・財務省)に迫られ、計算機を選んだというエピソードが残っていますから、彼には先見の明がありますね。

 つまり、日本でもっとも初期に導入された大型電子計算機が気象研究に使われていたということです。今日の日本のコンピュータ技術の原点の一つは気象学にあるともいえるのです。今もなお、コンピュータの性能は、日々加速度的に高まっています。

 気象庁のスーパーコンピュータも計算能力が向上したことで、様々なシミュレーションをリアルタイムで実行し、天気予報や防災情報が作成されています。

 先人たちの偉業が、現代の私たちの生活を支えているのです。

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしから抜粋・編集したものです)

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・博士(学術)。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事したあと、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、気象災害をもたらす雲の仕組みの研究に取組んでいる。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、KADOKAWA)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、新刊に『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(ダイヤモンド社)などがある。
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