上司の承認を得たり、部下に仕事を進めてもらったり、お客様にお買い上げいただいたり……ビジネスにおいて「相手の理解を得て、相手に動いてもらう」ことは必須のスキルです。そこで、多くのビジネスパーソンは「理屈で説得しよう」と努力しますが、これが間違いのもと。
なぜなら、人は「理屈」では動かないからです。人を動かしているのは99.9999%「感情」。だから、相手の「理性」に訴えることよりも、相手の「潜在意識」に働きかけることによって、「この人は信頼できる」「この人を応援したい」「この人の力になりたい」という「感情」を持ってもらうことが大切。その「感情」さえもってもらえれば、自然と相手はこちらの意図を汲んで動いてくれます。この「潜在意識に働きかけて、相手を動かす力」を「影響力」というのです。
元プルデンシャル生命保険の営業マンだった金沢景敏さんは、膨大な対人コミュニケーションのなかで「影響力」の重要性に気づき、それを磨きあげることで「記録的な成績」を収めることに成功。本連載では、金沢さんの新刊『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)から抜粋しながら、ゼロから「影響力」を生み出し、それを最大化する秘策をお伝えしてまいります。
人は99.9999%「感情」で動く
「影響力」とは、「潜在意識に働きかけることで、人を動かす力」のことです。
ついつい、僕たちは相手を動かすために、「理屈で説得しよう」としてしまいがちですが、それゆえに、かえって敬遠されたり、反発されたりしがち。「理屈で説得する」のは至難のわざなのです。
なぜなら、人は「理屈」ではなく、99.9999%「感情」で動くからです。
だから、相手の「潜在意識」=「自覚されていない意識」に働きかけることで、相手がこちらに対して「好感」「信頼感」「親近感」などのポジティブな「感情」をもってもらうことを常に意識する。そうすることで、自発的にこちらが望む方向で動いてもらう力のことを「影響力」と言うわけです。
つまり、「影響力」を身につけるためには、「ここでこれをやったら、相手はどう感じるだろうか?」「相手は喜んでくれるだろうか?」「嫌な気持ちになるだろうか?」などと、徹底的に相手目線でこちらの言動を律していくことが不可欠。要するに、相手の「潜在意識に何が起きるか?」を心を込めて想像し、そこにポジティブな「感情」を呼び起こすための工夫を凝らすことが重要だということです。そして、そのためのテクニックを『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)という本にたくさん書きました。
「影響力」の本質とは何か?
ただし、そうしたテクニックだけでは足りません。いや、それが「影響力」の本質ではないと言い切ってもいいと思っています。
僕が、『影響力の魔法』を書きながら、ずっと頭の片隅にあったエピソードがあります。もう何年も前に、何かの記事でたまたま読んだのですが、「影響力」というものを考えるうえで、とても示唆に富むエピソードだと思います。うろ覚えで、不正確な部分もありますが、どんな話だったか再現してみましょう。
AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
1979年大阪府生まれ。早稲田大学理工学部に入学後、実家の倒産を機に京都大学を再受験して合格。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍、卒業後はTBSに入社。スポーツ番組などのディレクターを経験した後、編成としてスポーツを担当。2012年よりプルデンシャル生命保険に転職。当初はお客様の「信頼」を勝ち得ることができず、苦しい時期を過ごしたが、そのなかで「影響力」の重要性を認識。相手を「理屈」で説き伏せるのではなく、相手の「潜在意識」に働きかけることで「感情」を味方につける「影響力」に磨きをかけていった。その結果、富裕層も含む広大な人的ネットワークの構築に成功し、自然に受注が集まるような「影響力」を発揮するに至った。そして、1年目で個人保険部門において全国の営業社員約3200人中1位に。全世界の生命保険営業職のトップ0.01%が認定されるMDRTの「Top of the Table(TOT)」に、わずか3年目にして到達。最終的には、TOTの基準の4倍以上の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReeboを起業。著書に『超★営業思考』『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)。営業マンとして磨いた「思考法」や「ノウハウ」をもとに「営業研修プログラム」も開発し、多くの営業パーソンの成果に貢献している。また、レジェンドアスリートの「影響力」をフル活用して企業の業績向上に貢献し、レジェンドアスリートとともに未来のアスリートを育て、互いにサポートし合う相互支援の社会貢献プロジェクト「AthTAG」も展開している。■AthReebo(アスリーボ)株式会社 https://athreebo.jp
山奥のおじいさんが悲しんだこと
舞台は、日本の山奥の村です。
かつては林業で栄えた地域ですが、外国から安い木材が輸入されるようになり、日本の林業は衰退。その村も、人口が減り、高齢化が進み、過疎地域と呼ばれるようになっていました。
この物語の主人公であるAさんは、生まれも育ちもその村で、記事が掲載された当時、たしかすでに80歳前後だったと思います。若い頃からずっと山に入って林業に携わっていましたが、20年ほど前に引退。自分が生涯かけてきた林業が衰退し、村の活気も失われていくことに哀しい思いを抱えていたそうです。
そんなAさんが、ある行動に出たのはその10年ほど前のこと。
誰も手入れをしなくなり、荒れ放題の山林を見るに見かねて、おひとりで間伐を始めたのです。森林が成長すると、樹木たちが過密になりすぎて、お互いの成長を阻害しますし、光も地表に届かず、下層植生が育たなくなり、土地がやせ細っていってしまいます。そうしたことを防ぐためには、適度な林内密度に調整するために、一部の樹木を伐採する「間伐」をしなければならないのです。
当初、村の住民たちは、そんなAさんを遠目に見ているだけでした。
穏やかなお人柄のAさんは、村民たちに親しまれていましたから、「精が出ますね」「無理しないように」などと声をかけられはしましたが、それ以上のことはありませんでした。Aさんも、誰かに協力を求めるようなこともなく、ただただコツコツと自分にやれることをやるだけでした。それだけでも、ご自分の「勤め」を果たしているような気がして満足だったようです。
80歳の高齢者の何が、
人々を動かしたのか?
しかし、徐々に変化が生まれていきました。
毎日毎日、黙々と山の手入れをするAさんの姿に心を動かされる村民が一人ふたりと増えていったのです。
「どうして、金にもならないのに、そんなに頑張るのか?」と尋ねると、「山が荒れていくのを見るのが耐え難いから」「やっぱり山仕事が楽しいから」とAさん。多くの村民もかつては林業に携わっていましたから、そのAさんの思いに共感を寄せる人が現れるのも自然の成り行きだったかもしれません。
はじめのうちは数人がAさんと一緒に汗を流す程度でしたが、少しずつその輪は広がって行き、大量に出てくる間伐材を活用したビジネスを模索する動きも発生。ついには、地元の役所も動き出しました。間伐材ビジネスを後押しするとともに、林業を効率化するための機材の導入などに予算をつけることになったのです。
このように村を挙げてのプロジェクトへと育てていったのは、Aさんではありません。aさんは、ただひたすら山仕事をする一員であり続けただけで、村民に「一緒にやろう」と呼びかけたことすらありませんでした。このプロジェクトを立ち上げ、引っ張っていったのは若手のリーダーだったのです。
しかし、そのすべてのきっかけをつくったのはAさんでした。
Aさんが、ご自分の思いを胸に、たったひとりで山に入った。その姿が、若手リーダーも含めた多くの村民を動かしていったのです。僕は、ここに「影響力」というものの、最も純粋な姿を見るような思いがします。このCさんの姿にこそ、「影響力」の本質が現れているような気がするのです。
「影響力を発揮しよう」という
“邪心”を捨てる
なぜなら、Aさんには「影響力を発揮しよう」「村民を動かそう」などという“邪心”が一切ないからです。
ただ純粋に「荒れ放題の山」を見るのが哀しくて、「なんとかしたい」という思いや「大好きな山仕事をやりたい」という思いを抑えられなくなった。だから、誰を誘うこともなく、一人で山に入って手入れを始めただけだったのです。
しかし、「豊かな山林を取り戻すために汗を流す」という、きわめて公益性の高い行動は、ただそれだけで強い「影響力」をもつのです。おそらく、多くの村民も心の奥底では「山林を大切にしたい」という思いがあったのでしょう。Aさんの姿を目の当たりにすることで、その自分たちの「思い」が自然と動き出したのではないでしょうか。
みんなにとって「価値」のある行動を起こせば、そこには自然と「影響力」が備わるのだと思うのです。そして、そのときには、「影響力を発揮しよう」などという“邪心”は、単なるノイズに過ぎないのです。
だから、僕は、『影響力の魔法』という本で書いたさまざまなノウハウを体得することができたら、それを忘れるくらいでちょうどいいと考えています。そして、Aさんがそうだったように、「みんなにとって“価値”のある行動」をすることに集中すればいいのではないでしょうか。
あえて、「影響力を発揮しよう」などと思う必要もなく、ただひたすら「みんなにとって“価値”のある行動」を楽しむ。そこには、どんな作為をもってしても到達し得ないような、強力な「影響力」が生まれるのだと思うのです(この記事は、『影響力の魔法』の一部を抜粋・編集したものです)。