人を動かすには「論理的な正しさ」も「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。人間が生得的に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きはますます活発になっている。認知バイアスを利用した「行動経済学」について理解を深めることは、様々なリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から私たちの生活を取り囲む様々な認知バイアスについて豊富な事例と科学的知見を紹介しながら、有益なアドバイスを提供する。
メールで「他の人はやっている」と伝える
プロジェクトのメンバーに依頼したい仕事があるとする。アイデア出しや情報収集、単にミーティングの日程調整など、なんでもいい。
だが、送られてくるはずのメールは数週間過ぎても届かない。そこで、あなたはこんなふうにメールを送る。
「2ヵ月前、“みんなでつくるプロジェクト”についてみなさんの意見を求めました。しかし、これまでに寄せられた回答は1件のみです。意見のある人は、明日までに送ってください。これは皆で実施するプロジェクトです。ご協力を」
メンバーは、意見を提出してくれるだろうか?
人は、自分と同じ状況の人間がいると安心する。「なんだ、みんな意見を提出してなかったんだ、自分だけ時間を費やしたりしなくてよかった」と。メールを見てメンバーはほっとしているはずだ。
これで、素晴らしいプロジェクトは、不人気のつまらない取り組みになり果てた。認知バイアスの使い方を間違えてしまったからだ。
もう誰も、プロジェクトに貢献しようとはしないだろう。わざわざ変わり者になるつもりなどないのだから。
こんなときは、ソーシャルプルーフと希少性を活用すると効果的だ。次回メールを送るとしたら、こんな文面にしてはどうだろう。
「“みんなでつくるプロジェクト”は順調に進んでおり、これまでよりも多くの意見が集まってきています。できるだけ全員の意見を取り入れたいところですが、採用できるアイデアの数には限りがあるので、未提出の方はぜひ今週中に提出してください」
(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から一部を抜粋・改変したものです)