10月7日、ハマスの武装組織がイスラエルを襲撃して1400人もの民間人らを殺戮、およそ250人を人質にとったことで、イスラエルはハマス掃討を目的にガザ地区を封鎖してはげしい空爆を行ない、市民の犠牲者は7000人を超えたとされる。

 その10日あまりのちの10月18日、アメリカ、ワシントンの連邦議会議事堂に集まったひとびとがイスラエルとハマスの停戦を訴え、一部の参加者が議会の建物内で抗議活動を行なったとして数百人が逮捕された。黒のTシャツを着た参加者たちはホールに座り込み、音楽に合わせて手を叩きながら“Ceasefire now!(撃つのを止めろ)” “Let Gaza live!(ガザを生きさせろ)”と叫んだ。

 この出来事が興味深いのは、彼ら/彼女たちがアメリカ在住のユダヤ人であることだ。この団体は“Jewish Voice for Peace (JVP:平和のためのユダヤ人の声)”で、ホームページによれば、平日(水曜)昼にもかかわらず、わずか数日の告知で全米から5000人もが集まった。議事堂内で抗議活動を行なったのは400人で、そのなかには25人のラビ(ユダヤ教の宗教指導者)がいたという。

アメリカのユダヤ人がなぜ、イスラエル軍のガザへの空爆を批判するのか?イスラエル国家とリベラルなユダヤ人の対立とは?嘆きの壁で祈るユダヤ教徒 Photo: wonderland / PIXTA(ピクスタ)

 アメリカのユダヤ人がなぜ、テロリストの掃討のために行なわれているイスラエル軍のガザへの空爆を批判するのか。ここでは、フランスのジャーナリスト、シルヴァン・シペルの『イスラエルvs.ユダヤ人 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業』(林昌宏訳、明石書店)に依りながら、この疑問を考えてみたい。シペルはフランス生まれのユダヤ人で、エルサレム大学で学位を取得するなど、イスラエルで12年暮らしたことがある。原題は“The State of Israel vs. the Jews”で、「すべてのユダヤ人の祖国」として建国されたイスラエル国家と、リベラルな(とりわけ海外在住の)ユダヤ人の対立という新しい現象について論じている。

イスラエルとユダヤが一体化したため、イスラエルを批判することは「反ユダヤ主義」と見なされることになった

 JVP(平和のためのユダヤ人の声)はホームぺージで、自分たちを「パレスチナの自由と、シオニズム(Zionism)を超えたユダヤ教(Judaism)のために運動する草の根の組織」だと紹介している。世界中に離散し、差別されてきたディアスポラ(離散民族)であるユダヤ人が「シオン(エルサレム)」への帰還を目指すナショナリズム運動がシオニズムで、旧約聖書に、カナンの地(乳と蜜の流れる場所)をユダヤ人に与えるとする神との約束が書かれていることがその根拠だとされた。

 これまでユダヤ人にとって、イスラエル(シオニズム)とユダヤ教は一体のものとされてきた。右派のネタニヤフ政権は2018年に「イスラエルではユダヤ人だけが自治権をもつ」と定めた国民国家法を可決し、イスラエルが「ユダヤ国家」であることを公式に宣言した(その結果、イスラエル国内に住むパレスチナ系市民は、人口の2割を占めるにもかかわらず「自決権」を有さないとされた)。

 イスラエルとユダヤが一体化したため、イスラエルを批判することは「反ユダヤ主義」と見なされることになった。ホロコーストという負の歴史を抱える西欧諸国において、「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られることは、個人にとっては社会的な存在のキャンセル(抹消)につながるし、企業の場合は広告を引き揚げられたり、不買運動を起こされる。

 これに対してJVPは、「イスラエルはユダヤ人の名の下に行動していると主張しているため、(ユダヤ人である)わたしたちが、多くのユダヤ人がその行動に反対していることを世界に知らしめざるを得ないのです」と述べている。「イスラエル政府に説明責任を負わせようという試みは、しばしば正当な批判を反ユダヤ主義と混同することによって沈黙させられてきた」のだ。

 ユダヤ人(ユダヤ教)とシオニズムを切り離そうとするのはJVPだけではない。ハマスのテロが起きると、ハーバード大学の33の学生グループが、「イスラエルの体制が、明らかになりつつあるすべての暴力に全面的な責任がある」というステイトメントを発表した。はげしい非難を浴びたこの文書に署名したのはほとんどがムスリムの学生とイスラーム圏からの留学生の団体だが、そのなかに「解放のためのハーバードのユダヤ人(Harvard Jews for Liberation)」という団体が名を連ねていた。学生新聞の紹介記事によれば、ハーバード神学校のユダヤ人学生が設立したこの団体は、「ユダヤ人のイスラエル(シオニズム)からの解放」を目指している。

 現代のリベラリズムの基準では、「抑圧」された者であっても抗議行動は平和的に行なうべきであり、市民を標的にしたテロは許されない。それと同時に、テロリストの掃討(あるいはテロへの報復)のために、無関係な市民を殺傷することもとうてい許容できない。国連やEUはガザへの空爆を抑制するようイスラエルに呼びかけているが、「人道的な停戦」を訴えた国連のグテーレス事務総長に対し、(「何もないところから起きた事態ではないと認識することも重要だ」と述べたことで)「テロ行為を容認している」とイスラエル側は猛反発し、事務総長の辞任を求めた。