ダグラス・ラシュコフの肩書をひとつに決めることは難しいが、あえていうならば「サイバーカルチャーの専門家」だろうか。1961年にニューヨークに生まれ、プリンストン大学を卒業後、西海岸に移ってカリフォルニア芸術大学で演出を学んだラシュコフは、早くからインターネットの可能性に魅了され、サンフランシスコのレイヴカルチャーを紹介し、晩年のティモシー・リアリーと交流してテクノ・ユートピア論を唱えたものの、やがて商業化されたサイバー空間に幻滅し、距離を置くようになった。

『デジタル生存競争 誰が生き残るのか』(堺屋七左衛門訳、ボイジャー)はそのラシュコフの最新刊で、テクノロジーに対する懐疑はより深まっている。原題は“Survival of the Richest(もっとも裕福な者たちのサバイバル)”。

ラシュコフを呼びつけた大富豪たちの頭のなかは、終末論を信じるカルトと同じだった

 ラシュコフは本書を、(アリゾナかニューメキシコだと思われる)「どこかの超豪華なリゾート」に招待され、講演を依頼された話から始める。講演料は、「公立大学教授としての私の年収の約3分の1に達するほど」だった。

 ビジネスクラスで指定の空港に着くと、そこにリムジンが待っていたが、目的のリゾートまではさらに砂漠のなかを3時間もかかる。忙しい金持ちが会議のためにこんな辺鄙なところまでやってくるのかと不思議に思っていると、高速道路に平行してつくられた飛行場に小型ジェットが着陸するのが見えた。

なぜ大富豪たちは、宗教カルトや陰謀論者と同じように終末論的サバイバルに取りつかれているのか?Photo :Gorlovkv / PIXTA(ピクスタ)

 ようやくたどり着いたのは、「何もない土地の真ん中にあるスパ&リゾート」で、そこは次のように描写されている。

 大きな岩の構造物が点在する中に、現代的な石とガラスの建物が、砂漠の果てしない景色を見渡していました。チェックインする間、接客係以外の人は誰も見かけませんでした。そして、私が宿泊する個人用「パビリオン」にたどり着くのに、地図を見なければなりませんでした。そこには私専用の露天風呂が付いていました。

 翌朝、ゴルフカートで会議場に連れて行かれると、控室でコーヒーを飲みながら待つようにいわれた。ラシュコフは聴衆の前で講演するのだと思っていたのだが、そこに5人の男たちが入ってきた。全員がIT投資やヘッジファンドで財をなした富裕層で、そのうち2人は資産が10億ドル(約1400億円)を超えるビリオネアだった。

 男たちはラシュコフに、投資するならビットコインかイーサリアムか、仮想現実か拡張現実か、あるいは量子コンピュータを最初に実現するのは中国かGoogleかなどと質問したが、あまり理解できていないようだった。そこで詳しく説明しようとすると、それを遮って、本当に関心のあることに話題を変えた。

 大富豪たちがテクノロジーの専門家をわざわざ呼んでまで知りたかったことは、「移住するべきなのはニュージーランドか、アラスカか? どちらの地域が、来るべき気候危機で受ける影響が少ないのか?」だった。

「気候変動と細菌戦争では、どちらがより大きい脅威なのか? 外部からの支援なしに生存できるようにするには、どの程度の期間を想定しておくべきか? シェルターには、独自の空気供給源が必要か? 地下水が汚染される可能性はどの程度か?」などの質問もあった。

 最後に、自分専用の地下防空壕がまもなく完成するという男が、「事件発生後、私の警備隊に対する支配権を維持するにはどうすればいいでしょうか」と訊いた。

 アメリカには、黙示録的な世界の終末を信じるカルトがいる。彼らが「サバイバリスト」と呼ばれるのは、「世界の終わり」を生き延びればキリストの再臨に立ち会い、自分たちだけに天国への扉が開かれると信じているからだ。――モルモン教のサバイバリストの家庭に育ち、ケンブリッジ大学とハーバード大学で学んだタラ・ウェストーバーの『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(村井理子訳、ハヤカワ文庫NF)にこの奇妙なカルトの様子が描かれている。

「ドゥームズデイ・カルト(Doomsday Cult)」とも呼ばれるサバイバリストは、政府は陰謀組織(ディープステイト)によって支配されていると信じているので、医療や社会保障のようないっさいの公共サービスと納税を拒否し、子どもを学校に通わせようともしない。

 自給自足の貧しい暮らしをするサバイバリストは、ビリオネアとすべての面で対極にあるように思えるが、ラシュコフは自分を呼びつけた大富豪たちの頭のなかが、終末論を信じるカルトと同じであることを思い知らされたのだ。