米自動車労組「25%賃上げ」獲得した交渉力、EV戦略見直しに追い込まれたビッグ3Photo:Scott Olson/gettyimages

UAW(全米自動車労働組合)のショーン・フェイン会長は史上初の直接投票で当選したばかり。「ハリケーン・フェイン」とも言われる強硬姿勢でビッグ3との労使交渉に臨み、3社と仮合意した。その合意はEV市場、米経済、そして2024年の大統領選挙にまで影響を与えそうだ。(マクロボンドフィナンシャルAB アドバイザー兼マクロストラテジスト 石原哲夫)

「ハリケーン・フェイン」の要求
賃上げ率は40%を超える

 自動車電気技術者出身のショーン・フェイン会長は今年3月、UAW(全米自動車労働組合)史上初の直接投票で選ばれた。2019年から2022年にかけて、20人程度のUAW幹部が汚職容疑で逮捕されており、直接投票はその再発防止策だ。

 9月14日に労働協約が期限を迎えるのを受けて、7月から労使交渉を開始した。その行動は強硬だ。

 交渉開始時のCEO(最高経営責任者)握手会の出席を拒否した。交渉における密談も受け入れず、ソーシャルメディアで交渉を進めた。そして、スト開始直前のフォード創業家のビル・フォード会長との会談を欠席した。加えてビッグ3の3社同時スト。そしてその後、予告なしでストを拡大させる戦略。公約通りの強硬姿勢は「ハリケーン・フェイン」とも言われる。

 図表1の通り、グローバル化が進んだ2000年以降、自動車製造業の賃金は下落基調にある。166業界中、最大の下落幅だ。

 こうした流れもあり、フェインUAWの賃上げ要求は前代未聞の大幅なものとなった。近年の賃上げ率は名目でせいぜい2~3%。だがフェイン氏は「過去4年のCEO年収の伸びと同じ幅の、今後4年で40%以上の賃上げ」を要求して交渉を開始した。

 昨年のビッグ3のCEO報酬が2000万ドル以上と労働者の300倍前後(2022年:GM 362倍、フォード 281倍、旧クライスラー 365倍)の水準であることや、90億ドルの株主還元も批判した。ビッグ3が23年上期に過去最高益を達成した後、「過去最高益イコール過去最高の労働協約(賃上げ)」をスローガンとしてきた。

 その他、(1)2008年の金融危機時に縮小された確定給付型年金や医療給付の復活、(2)1940年から金融危機まで続いた賃金の物価調整の枠組みである「COLA」の復活、(3)金融危機以降に採用された労働者の賃金を低く設定する「ティアリング」の廃止、(4)週4日32時間制勤務の導入などを要求とした。

 次ページ以降、ストと労使交渉の経緯を振り返りつつ、今回成立した合意が広げる波紋について検証していく。