人を動かすには「論理的な正しさ」「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。人間が生得的に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きはますます活発になっている。認知バイアスを利用した「行動経済学」について理解を深めることは、様々なリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から私たちの生活を取り囲む様々な認知バイアスについて豊富な事例と科学的知見を紹介しながら、有益なアドバイスを提供する。

「仕事のできる人」がお願いするとき使う「不思議とOKが出る言葉」とは?Photo: Adobe Stock

「なぜなら」と言うだけでうまくいく

 テレビの通販チャンネルで、こんなふうに商品が宣伝されていたとしよう。

「この商品には、宇宙飛行士のために開発された技術が使われています。ですから、きっとあなたの役に立つでしょう!」

 よく考えるとおかしな気もするが、視聴者はこの手の宣伝文句に弱い。

 この認知バイアス効果はビコーズ・バリデーションと呼ばれている。

 忙しい脳が、「なぜ?」と疑問を持ったとき、「なぜなら(ビコーズ)」という理由が与えられれば、その中身は何でもよくなるという現象だ。

「先にコピー機使っていい? だって(ビコーズ)コピーしないといけないから」

 その人がコピーしなければいけないことは、割り込みをして他の人よりもコピー機を先に使うための理由にはならない。

 だがこのようなナンセンスな表現が、ハウスフライ効果を生む。

 理由を告げずに「先に使わせてもらってもいいですか?」と言うより、この無意味な「だって」を付け足したほうがずっとうまくいくのだ*。

 卑怯? 効果的? その通り。筆者もこの本を宣伝するのに、「いよいよ楽しみな冬がやって来ますね。だから本書を買ってください」といったビコーズ・バリデーションを使ってみようかと密かに考えている。

*実験によれば、理由を告げずにコピー機の列に割り込もうとすると60パーセントしか譲ってもらえないのに対し、この無意味な理由を告げるとその割合は91パーセントに増えた。もっともな理由(「急いでいる」)の場合は92パーセントで、無意味な理由の場合と大差はなかった。

(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から一部を抜粋・改変したものです)