朽木 あの事件は、私にとって強い戒めになっています。何しろ私が最初に入社したWebメディア運営会社での業務は、医療領域でなく、盗用などはもちろんしていなかったものの、PVや売上目標のためにたくさんの記事をつくるという意味では彼らとほぼ同じでしたから。もし私がずっとその会社にいた場合の「あったかもしれない未来の姿」を見ているようでした。高い目標が設定され、生活も苦しい切迫した状況で一線を越えてしまうのだな、と。

徳力 でも、WELQ騒動で朽木さん自身が炎上したわけではなく、問題提起をする側に回りましたよね。

朽木 だからこそ、その中で「燃えていたのは、自分だったかもしれない」と思うんです。私は新聞社に入社して生活が安定しましたが、ネットメディアは真っ当に取り組むほど苦しい。レバレッジを掛け過ぎると、WELQみたいな状況に陥ってしまいます。

広告モデルのメディアを量産する意味はない

徳力 ネットメディアが「メディアとしてのあるべき姿」を突き詰めようとすると、ビジネス的に難しくなるわけですか。既存メディアからネットメディアに移る編集者が圧倒的に多い中で、朽木さんが真逆のルートを辿ったのも、そうした理由があるのでしょうか。

朽木 そうですね。私は、かなり怒っていて。例えば、30代でネットメディアに勤めて年収が額面で600万円という人がいたとして、これはわりと恵まれた方かもしれませんが、ひとりで生きていく分にはいいけれど、将来のことを考えたとき、例えば東京で家族を持って子どもを育てたり、貯金をしたり……というのは、結構しんどいんじゃないかというのが実感です。

 いろんな人が「オールドメディアはもうダメだ」と言いますが、ネットメディアはまだまだ発展途上で、環境が良くないところもたくさんある。オールドメディアの編集者がしっかり貯金をしてからネットメディアに移るなら将来の不安は軽減されるかもしれませんが、ネットメディアネイティブだと30代に入ったときに将来が見えないんですよ。だから、この状況を本当に何とかしないといけないんです。

「ネットメディアの将来が見えない」 医学部出身の記者・朽木誠一郎の怒り朽木氏(左)と徳力氏(右) 提供:Agenda note

徳力 朽木さんとしては、どんな解決方法があると思っていますか。

朽木 ひとつ言えるのは、広告収入モデルの無料メディアは本当に、ウミガメの産卵のように成功する例が少ないので、それをたくさんつくる戦略は効率が悪いということ。選択と集中が大事で、成功したメディアにリソースを集中させるべきだと思っています。

 個人的には、10人程度の編集部員が所属して年商3億円のネットメディアが勝ち筋。それだったら年収1000万円を切るくらいでなんとか生きていけますよね。これをベースにいかに拡張性を持たせられるかがカギだと思います。