「すべての科学研究は真実である」と考えるのは、あまりに無邪気だ――。
科学の「再現性の危機」をご存じだろうか。心理学、医学、経済学など幅広いジャンルで、過去の研究の再現に失敗する事例が多数報告されているのだ。
鉄壁の事実を報告したはずの「科学」が、一体なぜミスを犯すのか?
そんな科学の不正・怠慢・バイアス・誇張が生じるしくみを多数の実例とともに解説しているのが、新刊『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』だ。
単なる科学批判ではなく、「科学の原則に沿って軌道修正する」ことを提唱する本書。
その中から今回は、世界的な論文に掲載された『科学的詐欺』の顛末の一部を抜粋・編集して紹介する。

臨床試験Photo: Adobe Stock

『サイエンス』に掲載、世界のメディアをにぎわせた数十本の論文

ある日、科学の慣行に憂慮すべき問題を提起する出来事が明らかになった。

(『ネイチャー』に続いて)世界で最も権威ある科学誌の1つとされる『サイエンス』に、オランダのティルブルフ大学の社会心理学者ディーデリク・スターペルの論文が掲載された。タイトルは「混沌との闘い」。実験室と街頭でおこなわれたいくつかの研究から、より散らかった環境や汚れた環境では、人はより多くの偏見を示し、より多くの人種的ステレオタイプを支持することがわかったという。

これを含むスターペルが執筆した数十本の論文は、世界中のメディアをにぎわせた。

『ネイチャー』のニュース配信サービスは「混沌はステレオタイプ化を促進する」と報じ、『シドニー・モーニング・ヘラルド』紙は「ゴミあるところ人種差別あり」とうそぶいた。

この結果はスターペル自身も書いているように、「明確な政策的意味合い」を持つわかりやすい知見を示すという、社会心理学の典型的な例でもある。この場合は「環境に起因する障害を早期に診断し、直ちに介入する」という提言だった。

ただ問題は、「事実が何ひとつなかった」ことだ。

自分が欲しい数字をスプレッドシートに入力し、研究データを捏造した

スターペルの同僚たちが、実験結果が完璧すぎることに疑念を抱き始めた。しかも、スターペルのような上級の研究者は多忙をきわめ、普通はデータ収集などの雑務を学生に任せるが、スターペルはみずから外に出てデータを集めたらしい。

2011年9月に複数の研究者が大学に告発し、スターペルは停職になった。続いて複数の調査がおこなわれた。

スターペルは後に自叙伝で、研究のためのデータを集める代わりに、夜遅くまでオフィスやキッチンのテーブルに座って、自分が想像する結果に必要な数字をスプレッドシートに入力し、ゼロからすべてをつくり上げたと告白している。

「私はとんでもないことを、おそらく非常に不快なことをした」「研究データを捏造し、ありもしない研究を捏造した。私が1人でやったことで、自分が何をしているのか、よくわかっていた。何も感じなかった。嫌悪も、恥も、後悔もなかった」。

科学の記録から抹消された「でっちあげの研究」

彼の科学的詐欺は驚くほど精巧だった。「研究をおこなった学校、実験について話し合った教師、私がおこなった講義、提供した社会科の授業、実験の参加者にお礼として配ったプレゼント、すべて私がでっち上げた

実験の参加者に記入してもらうワークシートを印刷し、同僚や学生に見せて、調査に出かけると告げた……そして、誰も見ていないところで紙をリサイクルに出した。そんなことを続けられるはずがない。調査の結果は明白だった。

スターペルは停職処分から間もなく解雇された。以来、彼の研究のうち少なくとも58件がデータの捏造を理由に撤回され、科学の記録から抹消された。

(本稿は、『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』の一部を抜粋・編集したものです)