三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第56回は、高井さんが買った「10万円玉」の話から、モノとカネの二面性を紐解く。
私が「記念硬貨」を買ったワケ
主人公・財前孝史は道塾学園を創設した明治の豪商・藤田金七の歩みを探るなかで、金七が商売の元手をためるため、銀で受け取っていたわずかな給金を金に替えていたと知る。背景には幕末から明治初期の金と銀の交換レートの混乱と商機があった。
かつて金と銀は通貨そのものだった。米ドルと金の交換(兌換)停止によって貴金属と通貨が切り離されて半世紀。今でも金貨にはモノとカネの二面性が潜んでいる。その不可解さを象徴する存在が、昭和天皇の在位60周年を記念して1986年に発行された金貨だ。
記念金貨は額面10万円、つまり普通のお金として10万円分の価値がある。「10万円玉」なわけだ。普段の買い物では受け取ってもらえないが、銀行に持ち込めば多少の手続きを経て1万円札10枚と交換してもらえるはずだ。
そして同時にこの金貨は20グラムの純金を含んでいる。鋭い読者ならここで違和感を持つだろう。今、金価格は1グラム1万円ほどに上昇している。つまりこの10万円玉には20万円ほどの価値があるのだ。
実際、ネットで検索すればそれぐらいの値段で取引されている。ちなみに、この金貨は大量に発行されたので希少価値はなく、記念硬貨としてのプレミアムはほとんどつかない。
なぜ5000円上乗せでも買ったのか?
私はこの10万円金貨を2008年に数枚買った。当時の金価格は1グラム3000円前後で、金貨の「モノ」としての価値は6万円程度だった。コインショップの販売価格は「カネ」としての価値である額面10万円に近く、私は10万5000円で購入した。
10万円玉をわざわざ5000円上乗せして買ったのは、ヘッジ付きで金に投資するためだ。同じ量の金を買って値下がりすれば損失を被る。だが、金貨は額面の10万円以下に値下がりすることはない。一方、金が1グラム5000円程度、当時の実勢価格から5割ほど値上がりすれば、連動して値上がり益が得られる。
つまり私は、10万円玉の一物二価状態を利用して、買取価格保証付きの金投資を実行したのだった。金融の言葉で言えば「20グラム分の金の無期限のコール(買う権利)をプレミアム5000円で買った」と表現できるだろう。
自分の思い付きが愉快で遊び半分で実行したこのプランは、数年がかりで「イン・ザ・マネー(利益が出ている状態)」になり、今も利益は膨らみ続けている。
実はこのトレードアイデアには、昭和の金融史が絡んだ奇妙なリスクが伴う。長くなってしまうので、興味のある方はnoteをご覧いただきたい。
英経済学者ウィレム・ブイター氏は金について「6000年以上続く人類史上最長のバブル」と語っている。投資家ウォーレン・バフェット氏もキャッシュを生まない金は本質的に無価値だと断じる。それでも、ピカピカした金属は、これからも人類を魅了し続けるだろう。
「誰もが『それ』に価値を見出すだろう」という共同幻想が、通貨の本質なのだから。