「一往復半」で、長期的にはビジネスが効率化

 名著『影響力の武器』(2023年新版刊行、初版は1991年刊、誠信書房)では、人間の基本的な原理に基づく「拒否したら譲歩」というテクニックが紹介されている。これは心理学者、ロバート・チャルディーニによって記された説得の手法であり、別名「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」とも呼ばれている。何かというと、「相手に対して最初に大きな要求を行い、拒否された後により小さな要求に移ると相手の同意を引き出しやすくなる」という技術である。

 このテクニックは、相手に対して初めの大きな要求が拒否された後に示される小さな要求が、譲歩として捉えられることに基づいている。人は一般的に、他人が自分に対して譲歩すると、何らかの形で恩返しをしたいと感じる傾向がある(相互性の原則)。したがって、最初の大きな要求が拒否された後に出されたより小さな要求は、「譲歩された」と感じられるため、相対的に受け入れやすく感じ、応じてしまいがちなのである。

 例えば、ある非営利団体がボランティアの協力を求めている場合、最初に2週間のフルタイムボランティアを要求しても、ほとんどの人に拒否される。その後、1日だけのボランティア参加を提案すると、最初の要求と比較してはるかに受け入れやすくなり、より多くの人が協力を申し出る可能性が高まるのである。

 最初の依頼を断ったことに対して、人は心理的な負い目を感じる。次回何らかの依頼(最初の依頼よりもハードルが低く譲歩した感じがあるもの)があった際には、受け入れる可能性が大きく高まる。

 したがって、「承知しました。次回、また何かあればよろしくお願いします」というメールを送付する30秒程度の時間投資は、将来の期待値を考えれば十分に元が取れるのである(お前になんか二度と話を聞くことはないから期待値は下がらない、ということかもしれないが)。

「一往復」で終わるコミュニケーションスタイルではなく、「一往復半」のスタイルを取り戻すことは、個人にとっても会社にとっても大きなメリットがある。これは、それなりにビジネス経験を積んだ人にとっては、十分に理解されることだと思う。ただ、若い人がお客様とどんなメールのやりとりをしているかは見えないから、30秒を惜しむことで発生している期待値低下の実態を、管理職もよく知らないのであろう。

 しかし、何より、「タイパ(タイムパフォーマンス)」重視のはずが、長期的な「タイパ」の悪さを自ら招いているというのは、若い人自身にとっても、もったいない話ではないか。

 このように考えると、今回取り上げた「一往復」のやりとりだけでなく、“いま”、“ここ”だけの近視眼的なコストパフォーマンスを重視した行動様式が、会社や個人の期待値を低下させる多くの失敗につながっている可能性は高い。会社は、長期的に見て期待値を下げる行動を現場の社員がしていないか、しっかりと点検し直すべきであろう。これは単なるビジネスマナーの問題ではなく、ビジネス上の成果に直結する重要な改善につながるのである。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)