「どうしてこの部下は指示を理解してくれないんだろう…」「なんで、そんなワケわからないことをやってしまうんだ…」と日々頭を抱えるリーダーは多いだろう。しかし、部下は部下で「言ってることがよくわからない…」「指示があいまいなくせに、後でも文句を言ってくる…」と思っている。
なぜ、そんなことが起こるのか? 端的に言えば、言語化力が足りないのだ。上司はもちろん、部下の側の言語化力の問題もある。『Deep Skill ディープ・スキル』ではこうしたビジネスシーンで起こりがちな「言語化問題」について、ゴルフの「フェアウェイ」「ラフ」「OB」を用いたコミュニケーションを提案している。自分自身の言語化力を向上させたい人はもちろん、周囲の言語化力不足に悩まされている人にもぜひお勧めしたいコミュニケーション術だ。(構成:イイダテツヤ)

ディープ・スキルPhoto: Adobe Stock

リーダーに必要な「言語化力」

 ビジネスにおいて、言語化力はとても重要なスキルである。

 特に経営者やマネジャーは、「自分のイメージを伝える」「指示を出す」「依頼をする」など言語化力が問われる場面が多い。

 これが曖昧だと下の人たちは混乱するし、そもそも思い通りに仕事をしてくれない。

「どうして、指示通りにやってくれないんだ!」
「なんてできない部下なんだ…」

 と腹を立てたり、嘆いたりしている人も多いはず。

 しかし、本当にそうだろうか。部下側の言い分を聞いてみると、話がまったく違ってくることはめずらしくない。

「そもそも、あの人の指示は曖昧でまったくわからない」
「自分ではわかっているつもりかもしれないが、伝える能力が全然ない」

 概して、そんなふうに捉えているのだ。

 このような場合、たいていは「どちらか一方」が悪いのではなく、双方に問題があるものだ。だが、問題の根っこはマネジャーの言語化力だと言えるだろう。

 ちなみに、優れた上司ほど、こうした言語化力に長けている。

 明確に伝えることが得意なのは言うまでもなく、相手の経験値や能力によって伝え方を変えるなど、そのさじ加減も絶妙なのだ。

 新規事業のような「未知の風景」を実現させていくようなプロジェクトなら、なおさらだ。

 一方、言語化力のないリーダーでは現場が混乱するので、どんなに優れたアイデアを持っていても、そのような人をリーダーには選ばないほうがいいだろう。

ビジネスシーンで重宝される「相手の脳内」を言語化する力

 ここまで語ってきたのは「自分のなかにある考えやイメージ」を他者に伝える言語化力である。

 しかし、本当に仕事ができる人はもう一段上の言語化力を持っている。

 それは「相手のなかにある考えやイメージ」すらも言語化して伝え返し、共有していく能力だ。

対話を重ねることで、相手が無意識的にイメージしていた「思い」や「考え」を「言語化」してあげるのです。(P.198)

 こうなると上司、部下は関係ない。むしろ、部下にこの能力に長けている人がいたら、とんでもなく仕事はスムーズに進むだろう。

 それだけではない。取引先とのやりとりでも「相手のなかにあるイメージ」を上手に言語化し、共有するコミュニケーションができたら、相手は喜んでくれるし、余計な食い違いや二度手間を省くこともできる。

 仕事をする上では、この「2種類の言語化」はどちらも本当に大事なのだ。

どうしたら「言語化力」は身につくのか

 この「言語化力」に関して、本書では「フェアウェイ・ラフ・OBゾーン」という考え方が解説されている。これがなかなかユニークで、効果的なアプローチなので紹介しよう。

 ゴルフの世界では、コースのなかで芝がきれいに刈り取ってあり、球を打ちやすく整備された部分を「フェアウェイ」と呼び、その周辺の少し芝が長くて、やや打ちにくい部分を「ラフ」と呼ぶ。

 そして、とんでもない方向へ打ち込んでしまって、打ち直しになったり、ペナルティを受けてしまう部分が「OBゾーン」になるのだが、相手の話を聞くときは、

 ・「これはドンピシャだ」といえるフェアウェイ
 ・「大きく違ってはいないが、ちょっと違う」というラフ
 ・「全然違っている」OB

に分けて捉えていく。本書ではこうした聞き方が解説されている。

 この手法のユニークかつ有用なところは「フェアウェイ」だけでなく「OBゾーン」をしっかり想定していること。

 じつは多くの場合、上司やお客様から「指示」「要望」「イメージ」「考え」を聞き出すときに、私たちは自然に「フェアウェイ」だけを意識してしまっている。

 考えてみれば当然の話で「フェアウェイ」こそが、相手の要望であり、イメージなのだから、そこを捉えようとしてしまうのだ。

 しかし、そこに落とし穴がある。

 相手が言語化の達人で「フェアウェイだけを的確に話してくれる人」なら、なんら問題はない。

 しかし、世の中にそんな人はまずいないので、本人は「フェアウェイ」を伝えているつもりでも、聞きようによっては「ラフ」に相当する話を熱っぽく語っていたり、「フェアウェイ」とは関係ない、脱線した話を延々と続ける人もいる。

 そんな話を一生懸命聞いていても、どこが「フェアウェイ」なのかなんてわかるはずがない。

 だからこそ「大事なのは、こういうことですかね?」とか、「○○なんて企画はアリですか?」「たとえば、こういう方向性はどうなんでしょう?」などと聞き返し、相手の反応から「ああ、これはラフだな」とか「ここまで行っちゃうとOBなのか」「これはフェアウェイだ」と分類していくのだ。

 この分類の意識を持っているだけでも、相手のイメージを言語化する手伝いができる。

 はっきり言って、相手だって最初から「ここがフェアウェイで、ここはラフ」なんて明確に整理できているわけではない。

「OBゾーン」がはっきりしている場合は多いかもしれないが、それすら、あいまいな人もいる。

 しかし、聞いている側がその分類をしながら、質問をしたり、伝え返したりしていると「そうそう、そうなんだよ」とイメージが言語化されることを喜んでくれる場面が増える。

 すると相手は「この人は話がわかる」「理解が早い」「信頼できる」といった印象をあなたに持つようになる。

 この分類は「自分のイメージが伝わっているか」を確認するときにも有効で、たとえば、部下に指示を出した後、「こんなやり方はアリだと思う?」「こういう状況のときにはどうしようと思ってる?」などの質問を投げかけ、反応を注意深く観察すれば「ああ、この人はOBについてはちゃんと理解しているな」とか「フェアウェイとラフの境界がすごくあいまいだな」とか感じ取ることもできる。

 それによって補足の説明をしたり、指示の内容を変えたりすれば、少なくとも以前よりは「伝わるコミュニケーション」が可能になる。

「相手が頭の中で考えていることを言葉にして、それを相手が理解しやすいように整理して伝える能力」こそが、人と組織を巧みに動かす、本当の意味での「ディープ・スキル」なのです。(P.199)

 本書のテーマ「ディープ・スキル」とは、「人と組織を巧みに動かすスキル」のこと。

 本書には、「フェアウェイ」「ラフ」「OBゾーン」の使い方だけでなく、ビジネスパーソンが直面する困難や理不尽を乗り越えて成果を出すための「ディープ・スキル」がたくさん紹介されている。

 多くの人にとって非常に有用なスキルなので、ぜひ一読をおすすめしたい。