今回のテーマは、「実家の片付け」で意外と盲点になっている大切なことについて、です。
「空いた実家をそのまま貸せばいい」とお話しすると、「リフォームが必要なんでしょう?」とか「そもそも大都市近郊だと可能な話で地方では無理なんでしょう?」という反応がかえってくることが多いと語るのは、話題の書『「空いた実家」は、そのまま貸しなさい』の著者である不動産投資家で空き家再生コンサルタントの吉原泰典さん。その質問に対しては「古くても地方でも大丈夫! 貸せます」と多くの方が驚かれるそうです。本連載では、「貸すか売るか自分で使うか」判断の分かれ目はどこなのか? なぜ「そのまま貸す」ことがお勧めなのか? などを解説していきます。

【実家の片付け】モノの整理よりも大切な「整理すべきこと」とは何?Photo: Adobe Stock

実家の片付けにはコツがある

 誰も住まなくなった実家の再生は、実家をきれいに片付けるところから始まります。貸すだけでなく、売るにしろ建物を取り壊すにしろ、いずれにしろ室内の片付けは必要です。

 ところが多くの場合、実家には遺品や家財などが置いてあります。それらを何も確認しないまま十把一絡げに処分してしまうのはさすがに心理的な抵抗があるでしょう。「えいやッ」とすべて捨てられるなら問題はありませんが、どうやって片付けたらいいのかわからず、とりあえず少し手をつけてみて諦めてしまう人が少なくありません。

 今回は私が自分自身で岡山の実家を片付けてみたり、知人にアドバイスしたりする中で見つけたやり方を説明していきます。

気持ちの整理をつけるのが先決

 実家の片付けは、亡くなった親はもちろん、建物や土地に対する追憶の念や名残惜しさが強いうちは手をつけないほうがいいと思います。「そろそろ整理したらどう?」などと周りからせかされても、自分が「片付けよう」と思えるようになるまでは待つことをお勧めします。

 ただ、いまの話と矛盾するように聞こえるかもしれませんが、実家の片付けというのは家の中の家財を整理するだけでなく、そこで家族と暮らした思い出を整理するということです。

 大事なことは、「過去の温かい思い出の数々」ともう一度向き合い、感謝することで自分の気持ちに区切りをつけることです。

 実家を離れてすでに数十年という人も少なくないでしょう。生まれてから(あるいは引っ越してきてから)実家を離れるまでの思い出とともに、「昭和の戸建て」があなたを待っています。だからこそ実家の片付けでは、自分の気持ちがとても大事なのです。

 ほとんどの遺品や家財は捨てるしかありません。ただ、どれを捨て、どれを残すかの判断に一定の時間がかかります。現金や預金通帳、株券などはもちろん残せばいいのですが、そのほかの線引きが難しいのです。最低限残すものは何か、選びきれないので苦しんだり、悩んだり、そして諦めてしまうのです。

大事なのは、片付ける前に「片付けない時間」を持つこと

 そこで大事なのは、片付ける前に「片付けない時間」を持つことです。実家を片付けるために1週間帰省するとしたら、最初の2~3日はタンスや押し入れ、納戸、倉庫などにしまってある遺品を一つひとつ取り出し、箱を開け、アルバムをめくり、目を通す時間に当てます。「こんなものが残っているのか」「これはあのときの写真だな」といったふうに確認し、一つひとつに感謝とお別れを伝えます。そういう個人的な儀式の時間を持つと、気持ちが次第に落ち着いてくるのを感じるはずです。

 必要な時間は人によると思いますが、1日ではやはり短いでしょう。経験的には3日くらいがちょうどよいのではないかと思います。

私が経験した岡山の実家のケース

 私の場合、もともと両親が住んでいた岡山市内の実家はしばらく空き家の状況が続き、コロナ禍になるとまったく帰れず、家財道具はそのまま放置状態でした。2022年の秋からようやく重い腰を上げて片付けに帰るようになりました。

 まず、遺品や家財を見るだけのために1泊2日で3回、帰省しました。最初は妻と娘も一緒に来たのですが、半日もしないうちに飽きてしまったので、2回目からは私一人で行きました。

 整理を始めると、本当にいろいろなものが出てきました。両親の結納の式次第、自分が生まれたときの臍の緒、おばあちゃんがくれたおもちゃ、同級生からもらった手紙など、忘れてしまっていた過去が真空パックされていたかのように瞬時に蘇ります。

 祖父の大工道具も出てきました。祖父は大工で、実家は祖父が自分で建てたものです。最初は平屋でしたが、2階を増築したのも祖父です。建物はいまでもすごくしっかりしており、祖父の大工道具はそういう我が家の歴史の象徴です。

 それらを手に取って見ると、家族の歴史をリアルに感じることができ、また自分が家族から愛されて育ったことをしみじみ再確認できました。

 そういうものをできれば誰かに使ってもらったり、寄付するのもいいと思います。私も親戚に声をかけました。ただ、引き取ってくれるケースはまれで、実際はほとんどのものを捨てるしかないのが現実です。

自分のルーツを振り返る

 私が普段暮らしている東京から西に700km離れた実家には自分が生まれ育った空間があり、そこを片付けるというのは自分のルーツを確認し、区切りをつけることなのだと思いました。

 確かに多くのものは捨てざるをえませんが、片付けを通して家族の歴史や自分の過去、特に幼少期から実家を巣立った多感な頃までの記憶を振り返ることは、人生の後半に差しかかった自分の心にもう一度、エネルギーをチャージすることにつながりました。

 私が遺品の中で残すことにしたのはまず家族の写真です。おじいちゃんが大正14年に出征したときの写真から全部残して、岡山市内に所有しているマンションに移しました。

 我が家で「権利書」と呼ばれていた昭和24年におじいちゃんが実家の土地を手に入れたときの媒介契約書も残しました。

 そのほか、小学校のときの通信簿など自分のルーツに関わるものも残しました。開いてみると「落ち着きがない」とか「最近は先生の話をちゃんと聞けるようになりました」などと書いてありました。

 誰も住まなくなった実家のコンサルティングを行う中で多くの人が「捨てられない」とおっしゃるのはピアノです。中には「どこか倉庫を借りようかな」という話も出ます。我が家にはピアノはありませんでしたが、ギターが残っていました。中学生の頃、さだまさしの「関白宣言」を弾いていたなとか、松山千春も弾いたことがあるなとか思い出しました。これも残すことにしました。

 父親から「これはぜひ使ってくれ」と言われていたのは食堂のダイニングテーブルです。
どこかの木工屋さんに作ってもらった立派なものですが、使い道がないので捨てざるをえませんでした。

(本原稿は、吉原泰典著『「空いた実家」は、そのまま貸しなさい』を抜粋、編集したものです)