ところが「スパゲッティ作ってやろうか」と言うと妻は「いやだいやだ」と拒否する。それは前回の病気のときに、ぼくがこればっかり作っていたのですっかりイヤになっちゃったらしいのだ。そこで仕方なく冷蔵庫から手あたり次第いろんなもの出して、フライパンでいためたりして創作的な料理を作った。食えば死ぬというほどの味でもないものができる。ぼくは「うまいうまい」と言いながら食ってみせるのですが、妻は一口でやめてしまう。「どうして食わない」と聞くと「おなかがいっぱい」と答える。そうなのかなと思っていると、ぼくのスキを見て近所のソバ屋に電話かけてキツネうどんなんか注文しているのだ。結局テンヤ物になってしまうのである。

「絵を習うことにした」どんどんうまくなっていく妻

 妻が突然「絵を描く」と言い出したのは、二年程前のことであった。ある雑誌の「絵入り随筆」の欄から依頼されたためである。引き受けてから「困った困った」と言っているのですね。絵なんか描けないから。で、亭主に「描いてよ」と言った。そんなこと出来ますか。

 亭主はこう見えてもプロのイラストレーターだからね。描いたらバレちゃうじゃないか。「駄目」と言ったら仕方なく自分で描いた。たしか自分が魚屋に買物に行く図であったと思う。うまくもないが下手でもないという出来栄え。シロウトにしてはですよ。

 それが始まりである。まもなく「絵を習うことにした」と言うわけ。ラジオのディレクター橋本隆、アナウンサー遠藤泰子夫妻と語らって、先生を招いて絵の勉強をやり出したのだ。先生とは誰かと申しますと、高名なイラストレーター灘本唯人さんである。贅沢なもんですね。

 先生の教え方がうまいとみえて、三人の生徒は短期間に長足の進歩をとげた。絵なんてものは、誰だって描けるもので、シロウトだから描けない、と自分で思うから描けないだけなんです。ちょっと慣れて先生からも「うまいよ」なんて言われると自信がついて本当にうまくなっちゃう。今は妻をのぞく二人の生徒と先生が忙がしいために画塾は中断しているが、それでも妻は毎月連載で書く文章に自分で挿絵なんか描いているのである。これが結構さまになっていたりするので、プロである亭主は困ることもあるのだ。「手伝ってるんだろ」と言われるからである。妻の親父さんから電話がかかって、「今度は君が描いたんだよな」なんて言われる。

 イラストレーター仲間はさすがに違いをわかってくれるのですが、そのかわり山下勇三などは「猫の絵は女房の方が圧倒的にうまい」なんて言うのである。亭主の立場がなくなるじゃありませんか。