多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「傾聴できてるつもり」の上司が、すごく部下に嫌われる理由写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「1on1」がうまくいかないのは、なぜ?

 近年、「1on1ミーティング」や「対話」が、当たり前のように企業で導入され、コミュニケーションの基礎としての「傾聴」が改めてクローズアップされています。

 医療や教育の分野ではなく、ビジネスの最前線で「傾聴」が最初に注目されたのは、日本に「コーチング」が導入され始めた2000年前後のことです。その意味では、現在、ビジネス界に「第2次 傾聴ブーム」が訪れていると言っても過言ではないでしょう。

 しかし、コミュニケーションの基礎と思われているこの「傾聴」は思いのほか難しく、手を焼いている方が多いのではないでしょうか?

 僕自身、年に約300回の企業研修に登壇し、毎年1万名を超えるビジネスパーソンに対して「コミュニケーション研修」を提供していますが、受講生である管理職の方々から「傾聴」に関する次のような悩みを打ち明けられます。

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 小倉先生、「傾聴」って意外に難しいですね。

 以前、別の先生から教えていただいた通りに、「相づち」「オウム返し」を繰り返してみたんですが……話が全然弾まないんです。

 それに、「オウム返し」っていうのが、わざとらしくて苦手なんです。

 部下もいつもと違う不自然な私を見て、「寒ッ」と笑いをこらえているみたいで、ちょっとこっぱずかしいんですよね。

 そもそも、「傾聴」って何のためにやっているんですかね?

 ただ「相づち」を打つだけでは、部下の悩みは何一つ解決しないし、アドバイスもできないし、なんだか時間のムダっていうか……。

 そのうち、部下は沈黙し始めるし……。

 私もつい焦って、「沈黙」を埋めるように自分の話をしたりして……。

 そうするとますます場がしらけてしまって……。

 結局、最後にはお説教をして、アドバイスをして終わりになる。

 その繰り返しなんです……。

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「傾聴できてるつもり……」がいちばん危ない!

 いかがでしょう?

 この悩み、皆さんにも思い当たる部分があるのではないでしょうか?

 実際、「傾聴」は決して簡単なものではありません。いや、「傾聴なんて基本でしょ?」などと甘く考えることこそが危険。そして、「傾聴できているつもり……」でいる人こそがスベりまくっているものなのです。

 その意味では、「傾聴できているつもり」と思っている方よりも、「傾聴がうまくいかない」と悩んでいる方のほうが、よほど「傾聴」できている可能性が高いと思いますし、上達していくに違いないと考えています。

 そして、そんな方々のために、企業研修講師であり心理療法家・公認心理師の僕が書いたのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という本です。すでに数多くの企業で「研修テキスト」として使われている同書のコンテンツを実践していただければ、必ず「傾聴」が上達して、部下をはじめとする周囲の人々との「人間関係」が驚くほどよくなるのを実感されるはずです。

「傾聴」って簡単なの!?

 ここでは、「傾聴」について一般に流布している、罪深い「誤解」について指摘しておきたいと思います。

 そもそも、「傾聴」という言葉がビジネスの世界で広がったのは、先述のとおり、2000年前後に「コーチング」というものが米国から輸入されたことがきっかけです。

「コーチング」は、従来型のマネジメント技法である「ティーチング」に対するアンチテーゼとして登場し、「答えを言わずに質問をすることで相手に考えさせ、自律的な成長を促す」手法として、一大ブームとなりましたが、その「コーチング」を構成する三大スキルが「傾聴・承認・質問」だったのです。

 その影響で、「『傾聴』は『コーチング』におけるスキルの一つのパーツであり基礎である」という概念が定着し、そこから派生して「傾聴=簡単」という誤解が蔓延しているように、僕には思えてなりません。しかし、傾聴は単なる「基礎」ではありませんし、ましてや「簡単」なものではありません。

 なぜなら、「コーチング」というものが生み出された源流にある「カウンセリング」においては、「傾聴」は基礎であると同時に最終到達点であると認識されているからです。「カウンセリング」においては、「傾聴こそがすべて」と言っても過言ではないのです。

「傾聴」にまつわる罪深い“誤解”とは?

 しかも、日本で「コーチング」が流行したときに、「傾聴=基礎、簡単」という誤解が生じたのみならず、それを「スキル」としてのみ捉えるという、罪深い「誤解」まで広まってしまいました。その典型が「オウム返し」。「相手が口にした言葉を、そのまま“オウム返し”すればいい」といった定型化されたスキルを実践すれば、「傾聴」することができるといった、とんでもない誤解が広がってしまったのです。

 だけど、そんな「形」をなぞっているだけの上司のことを、心から信頼して、心を開いて「本音」を語る部下などいるわけがありませんよね? 上司本人が心を開きもせず、単に型通りの「スキル」をなぞっているだけなのですから、そんな上司に対して、部下が「心を開く」などというリスクの伴うことをするはずがないからです。

“いい上司”という「役割演技」を捨てる

 ところが、コーチングの教科書で下手に「スキル」を学んでしまった上司は、その「スキル」を実践していることで「自分は傾聴できている」といった勘違いをしてしまうという“非喜劇”が繰り返されているのではないでしょうか?

 そして、そんな“傾聴ごっこ”に付き合わされる部下は、そんな上司のことをどんどん嫌いになるだけ……(下のマンガのようなイメージです)。そうだとすれば、これは本当に罪深い「誤解」だと言わざるを得ないでしょう。

「傾聴できてるつもり」の上司が、すごく部下に嫌われる理由原作:小倉広 作画:中村知之

 では、どうすればいいのか?

 それを、『すごい傾聴』ではわかりやすく、かつ深く解説していますが、ここでは次のことを強調しておきたいと思います。

「傾聴」で大切なのは、“to do”(定型化されたスキル)ではなく、“to be”(相手と向き合う姿勢・心のあり方)であるということです。もちろん、「傾聴」にも「スキル」はありますが、その「スキル」が意味をもつのは「相手と向き合う姿勢・心のあり方」が整ったときなのです。

 そして、そのような“to be”を実現するために、まず意識しなければならないのは、「いい上司」といった役割演技を捨てることです。そんな演技をするのではなく、まずは、自分自身が「いいところもダメなところもある普通の人間」であることを肯定して、そんな生身の人間として部下と向き合うことが「傾聴」をするためには欠かせないのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。