文章を書くことを仕事にしたことで、大企業の社長や起業家、科学者など、いわゆる社会的に成功した方々にたくさん取材する機会を得てきました。その数は、3000人を超えています。誰もが知る有名な会社の社長も少なくなく、「こんな機会はない」と本来のインタビュー項目になかったこともよく聞かせてもらいました。インタビューで会話が少しこなれてきているところで、こんな質問を投げかけるのです。
「どうして、この会社に入られたのですか?」
数千人、数万人、中には数十万人の従業員を持つ会社の経営者、あるいは企業を渡り歩いて社長になった人となれば、仕事キャリアに成功した人、と言って過言ではないと思います。仕事選び、会社選びに成功した人、とも言えるでしょう。ところが、そんな人たちの「仕事選び、会社選び」は、なんともびっくりするものだったのです。

後に社長になる人たちの意外な入社の理由とは?Photo: Adobe Stock

その入社は偶然だった、と語る成功者の多さ

 私が取材した社長の中には、従業員が数千人、数万人、いや数十万人もの会社のトップもいました。新卒で入社して、30年ほどで、その頂点に立つ。あるいは、転職キャリアを積み上げてトップに立つ。それがいかにものすごいことか、多くの人が想像できると思います。

 だからこそ、私はよく聞いていたのでした。しかも、インタビューと撮影の合間などに、こっそりと。
「どうして、この会社に入られたのですか?」

 トップまで登り詰めたということは、おそらくこの会社が合っていたということなのでしょう。そうだとすれば、そこまで自分に合う会社を、いったいどうやって見分けたのか。それが知りたかったのです。

 そしてそこに、意外な返答が少なくないことに次第に気づいていったのでした。

「ちょっとした偶然だった」
「たまたま友達に誘われて説明会に行った」
「サークルの先輩がたまたまいた」
「実はまったく関心のない業界だった」
「第一志望は実は他にあった」

 自己分析をし、業界の分析や会社研究をし、将来のイメージを描き、どうしてもこの会社でなければならない、と意を決して入社した、という人はほとんどいませんでした。完全に肩の力が抜けていたのです。

 例えば、日本生命を経て、ライフネット生命の立ち上げに加わり、その後は立命館アジア太平洋大学の学長を務められた出口治明(はるあき)さん。彼が京都大学を卒業して48歳まで勤めた日本生命に入社したきっかけは、まったくの偶然でした。

 日本の正義のために頑張ろうと弁護士を目指していたものの、万が一のことだってある、どこか会社も受けておいたらと友人に誘われ、京都から京阪電車に乗って終点の淀屋橋駅の上にたまたまあった会社が、日本生命だった。

 しかし、日本生命で保険の意義を知った出口さんにとって、そのキャリアのスタートが後の華々しいキャリアのベースになったことは間違いありません。ところが、その仕事選び、会社選びはまったくの偶然だった、というのです。

 そういえば学生時代、当時、入社は宝くじに当たるようなものだと言われていた大手広告代理店やテレビ局を私は志望していたのですが、「あまり行く気はないけれど、とりあえず受けてみたら内定をもらえてしまった」という人がいたことを記憶しています。

 これもまた、まったくの偶然、ということだったのかもしれません。行くつもりのないところに行くことになったわけですから。

 出口さんは後にベンチャー企業を立ち上げ、そして大学の学長になります。しかし、そのファーストキャリアのつもりで生命保険会社を選んだわけではありません。ベンチャー企業も、大学学長も、出口さんにとっては偶然が生み出した、想定外の出来事だったのです。

※本記事は『彼らが成功する前に大切にしていたこと 幸運を引き寄せる働き方』上阪 徹(ダイヤモンド社)より、抜粋して構成したものです。