赤ん坊を見た瞬間に涙が
彼女の妊娠中は、ずっと仕事で、一度もアメリカに行けなかった。そろそろ生まれるという頃になって、ようやく時間がとれた。出産のときは、届けを出す必要がある。彼女は、子どもが生まれたとき、届けに父親の名前を書くことはできないものか、と言った。分かった、どうしたらいい? と言うと、マネージャーは、それなら、先に結婚をすればいい、と言った。
それで牧師を見つけてきた。場所はロサンゼルスのあるカフェで、店内は香港のレストランと同じように人がたくさんいて、みんなが昼飯を食っている。その店の個室に入ったが、店内の話し声がそのまま聞こえる。そんな中で、牧師は式を取り仕切ってくれた。これこれを誓いますか。2人ともうなずいた。式はそれで済んだ。おざなりなものだった。
当日の夜、彼女は入院した。いっしょに病院に行った。夜中まで待っても、まだ生まれない。時差のせいで眠くなり、いっしょに来た友だちに、お前がここに居てくれ、おれは帰って少し寝る、と言った。
寝ると言ったが、けっきょく寝られなかった。マネージャーと、名前はどうしよう、と考えはじめた。まずは陳が2つ、陳陳はどうだろう、と。もしくは、陳点、ピリオドのことだ。名前を書くときは簡単で、点を打てばいい。あるいは、陳撇(撇は左へはらう筆形〈丿〉のこと)、もし先生に怒られて、お仕置きとして自分の名前を何度も書かされることになったとしても、書くときに楽だ。マネージャーは、あなたが考えてるこういうのは、名前じゃないから、届けられないよ、と言った。それで困ってしまった。
「祖名」(ジェイシー・チャンの中国語名は房祖名)というのは、あとになって、親父が付けてくれたものだ。英語名はどうしよう? ピーターとか、ディヴィッドとか、いろいろと口に出してみたが、どれもぴんとこなかった。それなら、ジャッキー・チェンの「J」と「C」を使おう、と思って、ジェイシーにした。これで「J」と「C」の両方がある。
考えていると、病院で付き添ってくれていた友だちから電話がかかってきた。生まれた、と言う。慌てて病院に駆けつけた。病室に入って、最初に眼に入ったのは、このジェイシー・チャンだった。
生まれ立ての赤ん坊はみんな不細工で、見ても特に感慨はなかった。男の子だったから、顔よりも、まず骨を見るべきだと思った。自分の骨は、よく太いと言われる。武術をやる人は、骨が太くないとだめだ。見ると、彼の骨も太そうだったから、嬉しくなった。その一瞬、骨の太さを確認して、また赤ん坊を見た瞬間、どういうわけか、涙を流してしまった。マネージャーも泣きだした。このジャッキー・チェンに、もう子どもがいるとは。涙を拭って、またからからと笑った。
ジョアンはまだ病室にいた。長居はせず、友だちによく面倒を見てくれと頼むと、また撮影のために香港に戻った。