妻への疑惑

 スタントマンの出身だから、周りの友だちもスタントマンばかりだ。誰もが、こと恋愛に関しては、ひどい目に遭ったことがある。たとえば、撮影から帰ってくると、家が空っぽになっている。金、通帳、家具、ぜんぶ無くなっている。すべて彼女に持って行かれている。

ジャッキー・チェン
香港を代表する映画俳優/監督。1954年香港生れ。7歳から10年間、中国戯劇学院にて京劇を学ぶ。1978年に主演した香港映画『酔拳』が大ヒットとなり日本でもジャッキー・チェンの名が知れ渡る。その後、1980年代からはハリウッドに進出し『プロジェクトA』『ポリス・ストーリー』と主演作が立て続けに大ヒットを記録。世界的な大スターの座を築き現在に至る。アクションとコメディを両立させた作風には熱狂的なファンが多い。最新の自伝『永遠の少年』が絶賛発売中!

 当時は、名だたる大監督のロー・ウェイすらも、女に騙されている。ブルース・リーを育てた人ですらも! ある日、撮影を終えて香港に戻ると、金も無くなっているし、家の権利も、彼のものではなくなっていた。そのときの彼女が、こっそりと金を自分の口座に移し、権利を書き換えていたのだ。女は去り際に、50万ドルの小切手を書いて、彼に向かって放り投げた。彼に対する侮辱として、それ以上のものもないだろう。彼は女を罵倒し、その小切手を粉々に破って彼女に投げつけた。

「要らねえよ!」

 女は笑って、出ていった。この話をしながら、ロー監督はさめざめと泣いたものだ。

「女ってここまで狡いものだ」

と言った。

 よくつるんで遊んでいた仲間たちは、ときどき、ジョアン・リンが妊娠したのはお前を縛りつけるために決まってんだろ、うまく謀られたに違いねえよ、と言ってくる。それをずっと聞いていると、自分でも、彼女には魂胆があるのではないか、と疑うようになった。それで、彼女に対して用心しはじめた。稼いだ金は、ほとんど自分で湯水の如く使ってしまう。彼女と息子を養えるだけの、毎月決まった額以外は、決して余計に渡したりしない。仮に離婚になったとしても財産を取られないように、気を付けた。

 あの頃は、どんなに愚かで、どんなに卑劣者だったんだろう。

 いつでも、財産を取られないようにするためには、どうしたらいいかと、そればっかり考えていた。彼女があれだけ売れていたことを、考えもしなかった。彼女は自分でも大金持ちだったから、こっちの金に狙いを付ける必要などまるでない。彼女がいっしょにいてくれたのは、もちろんほんとに好いてくれたからだ。ただ、当時は知らず知らずに周りの連中に影響され、そういう当たり前のことを考える頭もなかった。君たち女の子も、何人か集まると彼氏や旦那の悪口を言い合って、しまいにはろくな男がいないと思うだろう? それといっしょだよ。