離婚するしかない

息子、ジェイシーの卒業式で家族3人のショット。「ジェイシーは壇上に上がってからガウンと帽子を忘れたと気付き、慌てて人に取ってきてもらった。間に合ってよかったよ」

 長い間、彼女にどういう接し方をしても、彼女という人は一度も変わらなかった。適当に理由を作って彼女と離婚すれば、また自由な身になれる、と思ったこともある。しかし、無理して理由を見つけようにも、見つけられない。彼女は責任感のあるいい母親で、こっちの仕事にもまったく口出ししない。

 だが、すぐに、僕のほうが、例の間違い(愛人関係にあったエレイン・ンの妊娠が露見したこと)を犯してしまった。

 当時、メディアはどこもこの話題で持ちきりだった。ジョアンに電話しようと思ったが、なんと言ったらいいか分からなかった。言い訳は何もなかった。謝っただけで済むようなことではない。いまさら何をしても、もう手遅れだろう、と思った。それで、言い訳はせずに、離婚しよう、と決めた。ここまでのことをしでかしたんだ、離婚しなきゃしかたないだろう、と。そう思うと、楽になった。説明しなくてよくなったから。ただ電話をすればいい。彼女が、自分の罪を問い質してきたら、離婚をしよう、と切り出す。すぐに電話を切る。これしかない。

 彼女に電話をかけた。

「もしもし」

落ち着いた声だった。

「もしもし、新聞を読んだ?」

「読んだわ」

 沈黙が続いた。彼女が黙ると、こっちも何も言えなくなる。心のなかで、咎めてくれよ、なんで咎めないんだ? と思った。だが、彼女は何も言わない。しかたなく、自分から話し出した。

「おれは……何だろう……何て言えばいいか」

「何も言わなくていい。相手を傷つけちゃ嫌よ。相手が私たちを傷つけるのも嫌。そのかわり、あなたに、私やジェイシーの力が必要になったら、いつでも言ってちょうだい。私たちはいつでもあなたの力になる。いま、あなたが大変なのは分かるわ。私のことを気にしなくていい。私は大丈夫。あなたは、自分のことに専念すればいい」

 彼女の話を聞きながら、涙が止まらなかった。それ以上は何も言わず、受話器を置いた。そのとき、もう一人の自分が眼の前で、てめえはどうしようもねえ馬鹿野郎だな、と言っているような気がした。彼女はてめえのことをこんなに思ってるのに、お前ときたら。

 この瞬間、彼女に対する思いが、百八十度変わった。自分がなんて嫌なやつだ、と思った。彼女には、ほんとに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

(本原稿は『永遠の少年:ジャッキー・チェン自伝』から一部抜粋、追加編集したものです)