価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。
親友を一日でつくる方法
これは、高校時代の先生に教えてもらった話です。授業中、突然、先生がこう言いました。
「これから大学生になっていく君たちには、ぜひ親友をつくってほしい。『親友』とは、単なる友達を超えて、特別に自分のことをわかってくれるかけがえのない人と定義しよう」と先生は続けます。
そして、このように言い放ったのです。「これから、親友を一日でつくる方法を教える」と。
突然の話に、クラスは動揺しました。やり方は、シンプルなものだ、と先生は続けます。
「ひとり6時間、お互いに自己紹介をする、それだけだ」と。
そして、そのやり方について詳しく説明をします。
「できるだけ時系列で、相手のことを聞きだす。ただ出来事の羅列ではダメ。そのときに、どう思って、どう判断したか。その結果、どうなったか。詳細に掘り下げていくこと。とにかく、頭に浮かんだ質問はすべて投げかけて深掘りをする。6時間は、それには十分な時間だ。それで、まあ1時間でいいだろう。相手のことを、それだけ長く他己紹介できるようになったら完成だ」
大学に進学して上京した私は、先生の言葉が頭の片隅にありながらも、この「方法」を実践することはありませんでした。
しかし、あるとき、知り合ったばかりの友人が終電を逃して私の下宿に泊めてほしいとやってきました。その日、ふと先生の話を彼に話したら、「面白いじゃん」と彼は言ったのです。
「いまからだと、ひとり終わるだけで朝になっちゃうけど、まずやってみようよ」と彼は乗り気です。では、やってみようと、探り探り彼の話を聞くことからはじめました。
でも、実際は結構、難しいものでした。6時間は、思ったよりも長いものでした。
最初は彼の話を聞くことからでしたが、生まれて最初の記憶から聞いて、18歳の「現在」に至るまで1時間しかかからなかったのです。あと5時間も余っている。
そしてもう一度、最初に戻って、あれこれと深掘りをはじめました。
小学校1年生のときの先生の名前は? どんな性格だった? 覚えているエピソードはある? 何係だった? 好きな子はいた? どんな人だった? そのとき、嬉しかったことは? 悲しかったことは? 国語は得意だった? 覚えているお話ある? 授業で手を挙げるときにどんなことを思っていた?
話すほうも大変だったようで、「どうだったかなぁ」と記憶をたぐり寄せながら、自分でも忘れていたようなことまで話を絞り出してくれました。
私たちは、先生の教えを守り、まずひとり目である彼の6時間の自己紹介を終えました。一度、眠って、次は私の自己紹介を6時間行いました。かなりの体力を消耗したのか、お互いの自己紹介を終えたところで、彼は帰っていきました。
先生の言っていたことは本当だった、と感じたのは次に彼と会ったときです。
「ちょっと聞いてよ」と、彼が悩みをぶつけてきたときに、その思考が手にとるようにわかったのです。
「どうせ、◯◯なところにこだわってるんでしょ、また」と私が言うと、彼は目をまんまるにして、
「どうして、わかるの?」と。それから20年以上経ったいまも、彼とは親友です。
彼も、私もココロに大きな動きがあったときに連絡をし合っています。近況を話し合う中で、いまだにお互いに「なんで、わかるの?」と言い合っています。
この原体験が、私のいまの仕事のスタンスを決めたと言っても過言ではないです。
「親友になる方法」は、仕事にも応用できる
私が所属しているブランドコンサルティング会社Queは、企業のフィロソフィーの言語化を依頼されることが多いですが、そのときの手掛かりとなるのが、この「親友になる方法」です。
まず、時系列でその企業のことを頭に入れます。
そして、直面した様々なことに、どう対応していったのか、結果はどうなったのかを深掘りしていきます。危機に陥ったときに、何を考え、それにどう対応したのか。そのときの当事者たちが、何に悔しいと思って、どうあがいて、どうなったのか。嬉しかったのは、どういうときで、どう分かち合ったのか……。
時系列で情報を構造化して、深掘りしてあらゆる事例を収集していくのです。
経営陣やキーマンの個人的な思い。それらの情報がある閾値を超えてインプットされると、企業なのに、かけがえのない友達のような親近感を覚えるようになります。
そんな「いい自己紹介」を聞けたときこそ、いいフィロソフィーの言語化ができると信じて、仕事の最初には「たくさん話しましょう」と言うようにしています。
これは、一緒に仕事をするチームメンバーに対しても同じです。
彼らが、どのように課題を捉えるのか、どのような思考をしてアイデアを生みだすのか、それは過去の経験の延長線にあることが多いです。
彼らの過去を知っていると、アイデアの結果だけでなく、アイデアを考えるプロセスに対しても想像することができます。
すると、そのアイデアを思いつく前に考えていた「発想軸」を起点に、広げてみるのはどうだろう、などアドバイスがしやすくなるのです。
ひとり6時間は難しいとしても、仕事の中で、チームメンバーの考え方や思考の癖をうまく引き出していくことも、アイデアを生みだすチームをつくる上で大切なことです。
(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。