価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になってくるのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。

【アイデアを生みだす技術】営業からコピーライターに抜擢されたものの、私が持っていなかった才能とはPhoto: Adobe Stock

「アイデアを出すのが苦手」と
思い込んでいる人に読んでほしい

 私はこれまで、社会人向けのオープンカレッジや、企業における研修、さらに地域づくりに関わる人たちへの講座など、あらゆるビジネスの現場の方に「アイデアを生みだすこと」をテーマとした講義を行ってきました。

 そこで出会った方たちに共通するのは、自分自身を「フツーの人」もしくは、「アイデアを出すのが苦手な人」と思い込んでいるということでした。

 しかし、そういう方たちにこそ、アイデアを武器にしてほしいと考えています。

 なぜなら、一人ひとりがアイデアを生みだす技術を持てれば、企業や地域が変わり、世の中が変わっていく大きなチカラになるからです。

 本連載は、自分自身のことを「ごく平凡な人間」だと考えている人たちに向けて書いていきます。なぜなら、私自身が、アイデアを出すのが苦手で、アイデアと向き合う時間が苦しくてたまらなかったフツーの人だったからです。

 ちょっと恥ずかしいですが、私が駆け出しの頃のエピソードを簡単に紹介します。

アイデアの才能がゼロだった私

 私がアイデアにまつわる講義を行うとき、初めに同じ質問をします。

「この中で、アイデアを出すのが得意な人は手を挙げてください」

 するとどうでしょう。ほぼ手が挙がってきません。

 同様に、「自分のことを創造的だと思っている人」という問いかけに対しても、ほとんど手は挙がりません。

 受講生の多くは、自信なさげな顔をしています。そんな彼らに対して、講義の次のスライドには「大丈夫です。むしろほっとします」という言葉を用意しています。なぜなら、アイデアへの自信のなさが痛いほどわかるからです。

 私も、かつては、この受講生たちと同じでした。

 学生時代からアートやアイデアについて興味はありましたが、自分にはそのような才能はないと思い、才能がある人をサポートする仕事をしたいと考えていました。新卒で入った会社は広告代理店で、しばらく営業をしていました。そこで出会うクリエイターの方々は、自分とは違う頭の構造をしているとしか思えず、ただただすごいと感じていました。

 しかしそんな中、偶然が重なってクリエイティブの部署に異動となりました。そして、コピーライターという名刺を持ち、クリエイターと呼ばれるようになってしまったのです。

 クリエイターになると、アイデアを生みだす仕事を次々と振られます。あるとき言われたのは、こんな課題でした。

ファストフードチェーンA社の食事が、健康ではない食べ物と思われている。この状況を打破するために、どんな広告をつくればいいのか。3日後にアイデアを持ち寄る社内会議をするから、新人もアイデアを持ってくるように

 新人ですから、時間はいっぱいありました。考えに考えて、でも、それを解決するような方法はまったく思いつきません。

 思考は、同じようなところをぐるぐる巡り、何か思いついたとしてもそれは取るに足りないものに思えて、消して、また考えてもいいアイデアには到達することができず……。

 結局、その社内会議にひとつもアイデアを持っていくことができなかったのです。

「考えてはみたのですが、ひとつも思い浮かびませんでした」

 と言いながら、うつむいたら涙が出てしまいました。

 先輩たちも、呆れるというよりも困惑している様子でした。他の新人たちは、数え切れないほどアイデアを出していました。

 このようなことが、一度ではなく何度か続き、「自分にはアイデアの才能がゼロなのでは」と、すっかり自信をなくして転職活動をはじめるほどでした。

(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)

仁藤 安久(にとう・やすひさ)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター

1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。