7月3日から、20年ぶりに新紙幣の発行がスタートする。新一万円札には、日本初の銀行を作り、株式取引所を開いて日本経済を近代化に導いた、渋沢栄一の肖像画が描かれている。数々の偉業を成し遂げた渋沢は、いったいどんな人物だったのか?
そこで今回は、東京大学史料編纂所教授の本郷和人さんが監修をつとめ、「すごい」と「やばい」の両面から日本史の人物の魅力に迫る『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』より、内容の一部を抜粋・編集してお届けする。(構成/ダイヤモンド社 根本隼)
「正しい心」で社会に尽くした
豊かな農家に生まれた渋沢栄一は幼いころから『論語』に親しんでいました。『論語』とは古代中国の思想家・孔子と弟子たちの言葉で「正しい生き方とは」という「道徳」を説いた本です。
しかし、日本が開国して外国との間で不平等な条約が結ばれると、栄一は間違った正義感にかられ「外国人を斬る!」と、テロを計画。けれど仲間に止められて思い直し、のちに15代将軍となる一橋(徳川)慶喜のもとで働きます。
27才のとき、慶喜の弟がパリ万博へ行く際の付き人としてフランスに渡った栄一は、その繁栄ぶりと銀行や株式などの資本主義のシステムを知り「日本にも資本主義を取り入れよう」と決意しました。
そして33才で政府を辞職して日本初の銀行を作り、株式取引所を開いて日本を資本主義に導いたのです。設立に関わった会社はいまのJR、東京電力、日本郵船など481社。福祉施設や病院、学校など約500の慈善事業にも関わりました。
かれは『論語と算盤』という本で「一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ」と「道徳的な商売」の大切さを語っています。その精神は、いま世界で求められる「SDGs」に通じるもの。栄一は100年前から時代を先取りしていたのですね。
バレバレの居留守でごまかそうとした「悪事」
『論語』に書かれた「道徳の心」を大事にしていた渋沢栄一。でも、「恋の道徳」は守れませんでした。栄一が「一友人」とごまかして付き合っていた相手は、芸者や渋沢家の女中など数えきれないほど。
年齢を重ねても浮気は止まらず、68才で浮気相手との間に子どもができたときは「いや、お恥ずかしい……若気の至りで」という微妙なギャグをかましていたそうです。
明治中期のある日、栄一が社長をつとめていた会社でトラブルが起き、部下の専務は栄一を探しました。しかし自宅にもおらず、夜になっても帰らないので、専務は「もしかして……」と、栄一の浮気相手の家に行きました。
すると家の奥から「“こんなところに渋沢がおるべき道理はありません。ご用がおありなら、明日の朝に自宅をおたずねになったらよろしい”と言いなさい」と、明らかに栄一の声で「居留守を使え」と指示しているのが聞こえてくるではありませんか! 専務は笑いをこらえるのが大変でした。
専務からすれば、これは「おちゃめな栄一の笑える浮気話」ですみますが、栄一の妻にとっては一生の苦痛でした。「論語とはうまいものを見つけなさったよ。あれが聖書だったら、てんで守れっこないものね」(※)と妻は子どもたちによくグチをこぼしていたそうです。
人は「すごい」と「やばい」でできている
「歴史」とは、過去の人々が残した記録です。そこに名前が残るのは、何か「すごい」ことをした人たち。でも「すごい」だけの人なんて、この世にひとりもいません。
とんでもない失敗をしたり、激怒されたり、ドン引きされたり……。歴史のなかには「すごい」人の「やばい」記録も残っています。
だけど、人間ってそういうものです。時代や、年齢や、その場の空気や相手によって、人の考えや行動はガラリと変わります。
「すごい」日もあれば、「やばい」日もあり、そういう日々が重なって、とてつもない偉業を成し遂げたりもする。だからこそ、人はおもしろいのです!
(本稿は、『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』から一部を抜粋・編集したものです)
東京大学史料編纂所教授。東京都出身。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。監修を務めた『東大教授がおしえる やばい日本史』はシリーズ77万部。最新刊『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』も発売中。