東京大学史料編纂所教授の本郷和人氏が監修し、58万部のベストセラーとなった『やばい日本史』シリーズ。日本史の偉人の「すごい」面と、知られざる「やばい」面を比較した本書は、小学生から90代までの異常に広い読者層を獲得し「歴史ぎらいでも楽しく学べる!」と話題になった。
この記事では、新刊『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』から、編集部おすすめの人物を紹介する。
ペリーって、なにが「すごい」の?
日本史の教科書に必ず写真が載っているペリー提督。日本史上でもっとも有名な外国人のひとりと言っても過言ではありません。
そんなペリーのすごさ。それは、押しの強さで引きこもり日本を開国させたことかもしれません。
父も兄も海軍というアメリカの軍人一家に生まれたペリー。15才で海軍に入り、43才のときにアメリカ初の蒸気軍艦を建造して「蒸気海軍の父」とよばれました。
58才のとき、東インド艦隊司令長官になると、貿易だけでなく日本の開国を目的とした遠征を命じられます。当時アメリカは燃料としてクジラの油を使っていたので、日本近海のクジラをとるための補給地点として、日本の港を利用したかったのです。
ペリーが「あえて」高圧的になった理由
絶対に日本を開国させたいペリーは、シーボルトが書いた『NIPPON』をはじめ40冊以上の資料を集めて日本のことを研究。「日本人は権威に弱い。高圧的なほうが言うことを聞くだろう」と結論づけました。
そこで、外国との窓口があった長崎ではなく、あえて江戸城に近い浦賀(神奈川)に黒船で来航します!
そしてつねに上から目線で幕府の役人に接し、空砲を撃って「開国しなきゃ武力を使うぞゴラァ!」とオラオラ系で迫ったのです。幕府はビビりました。ペリー来航の少し前、アヘン戦争でお隣の大国・清(中国)がイギリスにアヘン(麻薬)漬けにされ、こてんぱんにやられたのを知っていたからです。
こうして翌年、ペリーは日米和親条約を結ぶことに成功。200年以上続いた日本の鎖国をといて開国させたのです。