その土地独自のコミュニケーションを理解し、実践することで、相手との距離はぐっと縮まる。ビジネスのシーンでも、このテクニックは有効だ。京都人とのコミュニケーションで重要となる「いけず言葉」を解説する。(大西常商店・代表取締役社長 大西里枝)
京都の営業マンは「考えておきます」を
本気にしてはいけない
7月初旬、雨上がりの京都・洛中で、一人の営業マンが苦戦していた。
「こんにちは。ちょうど、ここを通りかかったものでして。先日、ご説明させていただいたプランですが、その後いかがでしょうか?」
若いスーツ姿の男性が笑顔を浮かべるのに対し、話しかけられた着物姿の女性の表情は硬いままだ。無論、この男性は偶然通りかかったわけではない。
大手保険代理店で3年目を迎える山手一郎(25歳)は、6月初旬に京都に赴任した。東京都出身、都内の大学を卒業した彼にとって、今回が初めての京都暮らしだ。
新卒入社後、東京の下町エリアを担当してきた彼は、“足で稼ぐ”タイプの営業でそれなりに成果を上げてきた。しかし、京都に赴任してはや1カ月。全く成果が得られないのである。
この日、山手が向かったのは京都の洛中にある老舗和菓子屋。先日、訪問した際に「考えておきますわ」と言われたので、山手は「チャンスがある」と踏んでいた。京都の洛中を長く担当している先輩によると、和菓子屋の女将は毎日、8時半と14時に店の前をほうきで掃くという。
そのタイミングを狙って話しかけたのだが、全く相手にされず、さらには「面白いこと言わはる人やなぁ」と鼻で笑われたのだった――。
京都で働くときに、避けて通れないのが「京都ことば」だ。京都人のコミュニケーションには本音と建前があり、それを理解しなければ“無粋な人”だと認定されてしまう。そうなれば、勝負の土俵にも立てない。冒頭のシーンでいえば、女将の本音は「なんや、何度も来て。迷惑な人やなあ」といったところ。
彼女が営業マンの提案を受け入れることは、絶対にないだろう。
では、生粋の京都人以外は洛中で通用しないのか。そんなことはない。逆に言えば、京都流のコミュニケーションを身に付けることで、他県出身者と比べて、圧倒的に優位に立つこともできるのである。
本記事では、京都生まれの洛中育ち、老舗扇子屋を切り盛りする大西里枝さんが京都流のコミュニケーション術を伝授する。
へりくだり、キーパーソン……
京都人のお断り文句は多種多様
初めまして、大西里枝と申します。京都人は本音と建前を使い分ける、いわゆる「いけずの使い手」として知られています。「京都でこんな意地悪ないけずを言われた!」というツイートが定期的にバズっているのもその証拠でしょう。
しかし、本来のいけずとは、お互いが嫌な思いをしないように意思を表現する京都人特有のコミュニケーション術です。
お断りを伝える場面こそ、京都人が本領を発揮するもの。「せっかくお勧めしてくれはったのにお断りするのは心苦しいんどすけど、遠慮させていただきます」。そんな気持ちを込めてお断りしているのですが、これがなかなか京都以外の人には伝わりにくい。京都市民を代表しておわびしたいのですが、決して悪気があるわけではないのです。ほんとに。
まずは、営業マンに対してのお断りパターンをご解説します。京都で営業職に就かれる会社員の方も、うまく営業を断りたい皆さんも、どうぞよしなにお使いください。
(1)へりくだり系お断り
「うちなんかにはもったいないですし」「私にはよう分からしませんさかいに」、こんなふうに言われると、もう一押しだと思ってしまうかもしれません。でも、これは京都人が発する明確なお断り文句。自分の価値を自ら下げにいくスタイルのお断り、これが「へりくだり系お断り」です。
「いえいえ、そんなことはございません!ご納得いただけるまでご説明しますから大丈夫です」と返してしまいそうですが、どこまで懇切丁寧に説明しても意味はありません。すっと引き下がって、さっさとほかの訪問先へ営業に行きましょう。