価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。
「いいアイデア」を選ぶための
リーダーなりの判断軸を持つ
アイデアは、何かしらの問題解決のために必要なもの、だとすると、その問題解決に向かって「機能する」ものがいいアイデアと言えます。
アイデアを選ぶときは、数あるアイデアの中から「いちばん機能するもの」「いちばん効果の高そうなもの」を選べばいいわけです。
しかし、機能するかどうか、効果があるかどうか、という「結果」を予想することは難しいものです。
たとえば、広告においては、買ってくれる、予約してくれる、来店してくれる、など消費者が何かしら行動してくれることが結果(機能する)のわけですが、この結果をアイデア段階で見極めるのは困難です。
そのときに大事になってくるのが、「いいアイデア」を選ぶためのリーダーなりの判断軸を持つことです。
いいアイデアは「人のココロを動かして、人の行動を生みだす」
広告などのコミュニケーションにおけるアイデアにおいては、いいアイデアとは「人のココロを動かして、人の行動を生みだす」と大きく定義できます。
これらをベースにしながらも、いいアイデアかどうか判断するためにはどんな判断軸を持つべきでしょうか。私は「いいアイデアには、必ずいいインサイトがある」という軸でアイデアの絞り込みをしています。
たとえば、公共広告のようなものを考えてみましょう。ゴミのポイ捨てをなくしたい、という課題に対して、「ゴミのポイ捨ては、やめよう」というポスターをつくるのは、以前にお話しした、私の学生時代に言っていたことと同じで、それでは当然ながら人の行動は変わりません。
では、こちらはどうでしょうか。
「ゴミのポイ捨てを発見したら、罰金10万円いただきます」
これは、ココロが動きますね。恐怖心というものが生まれます。ある程度の抑止力は働くと思います。
しかしどうでしょう。
飲食店のお店の駐車場にこのような張り紙がでかでかと掲げられていたら、ちょっと怖い店主がいるお店なのかも、という思いも同時に抱いてしまうのではないでしょうか。公園に、このような張り紙があったら、なんだかちょっと息苦しい感じがしてしまうかもしれません。
いつでも気持ちのいい環境をつくりたいから、ポイ捨てをやめさせたい、と思ってのことなのに、そのゴールに照らし合わせてみるとあまりいいアイデアのように思えません。
では、こちらはどうでしょう。
「いつも、キレイに使っていただいてありがとうございます」
「食べた後のゴミを、ゴミ箱に入れてくれてありがとうございます」
これらのコミュニケーションもよく見かけます。みんなが「環境をつくっている当事者なんだ」という意識づけをすることには成功していると思います。やさしさの行き交う空間であることも、なんとなく感じさせて、気持ちのいい空間をつくることにも寄与している気がします。ちょっと、「いい子ちゃんすぎる」印象がないこともないですが。
では、また違ったアプローチも見てみましょう。
楽しさによって人の行動を変える
ストックホルムの事例
これはスウェーデンの首都、ストックホルムでの事例です。ここでは、言葉によってポイ捨てをやめさせるのではなく、ある仕掛けをつくって行動を変えることができないか、自動車会社フォルクスワーゲンによって実証実験が行われました。
公園に設置されているゴミ箱に、ある仕掛けを施したのです。ゴミ箱の入り口にセンサーを設置して、ゴミが投入されたことを感知すると、音が流れるようにしたのです。
「ひゅーーーーーーーーーーーん。どぉーーーーーん」
ゴミを捨てると、まるで奈落の底に落ちていくような錯覚を覚える音による仕掛けです。生理的にも気持ちがよくて、ゴミをゴミ箱に入れることが楽しくなります。
結果として、ゴミをゴミ箱に入れる人が多くなっただけでなく、公園に落ちていたゴミを拾ってゴミ箱に入れるという人まで現れました。
ポイ捨てをしちゃいけないからゴミ箱に入れましょうと「正しいこと」をまっすぐに伝えるのではなく、ゴミ箱に入れることを楽しいことにすればいいというアイデアです。
これを、ファンセオリー(楽しさによって人の行動を変える理論)と名付けて、やらなければいけないと深層心理では思っているものの、行動に移せていないことに応用できるとしたのです。この仮説を基に、あらゆる実証実験が行われました。
エスカレーターを使うのではなく健康のためには階段を使ったほうがいい、ということに対しては、階段にセンサーをつけて、まるでピアノのように音が鳴るようにしました。
ゴミの分別をしなければいけないことに対しては、インベーダーゲームのように正しく分別することをゲームのようにしました。
こちらを、先ほどいいアイデアとして定義した「人のココロを動かして、人の行動を生みだす」に当てはめてみると、次のように言えます。
「人のココロを『正しさではなく楽しさで』動かして、『やらなきゃいけないと思っているけどできていないこと』の行動を生みだす」
(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。