言語や創造性をはじめとして、意識は生物としての人間らしさの根源にあり、種としての成功に大きく貢献したと言われてきた。なぜ意識=人間の成功の鍵なのか、それはどのように成り立っているのか? これまで数十年にわたって、多くの哲学者や認知科学者は「人間の意識の問題は解決不可能」と結論を棚上げしてきた。その謎に、世界で最も論文を引用されている科学者の一人である南カリフォルニア大学教授のアントニオ・ダマシオが、あえて専門用語を抑えて明快な解説を試みたのが『ダマシオ教授の教養としての「意識」――機械が到達できない最後の人間性』(ダイヤモンド社刊)だ。ダマシオ教授は、神経科学、心理学、哲学、ロボット工学分野に影響力が強く、感情、意思決定および意識の理解について、重要な貢献をしてきた。さまざまな角度の最先端の洞察を通じて、いま「意識の秘密」が明かされる。あなたの感情、知性、心、認識、そして意識は、どのようにかかわりあっているのだろうか。(訳:千葉敏生 初出:2023年1月3日)
感情の機能とはなんだろう?
感情の起源についてははっきりとした。感情は、生物の内部、内臓や体液の奥深くから生じる。そこでは、あらゆる面で生命をつかさどる化学的作用が支配力をふるっている。私が言っているのは、代謝や防御を担う内分泌系、免疫系、循環系のことだ。
では、感情の“機能”についてはどうだろう? 文化の歴史、さらには科学の歴史を通じて、感情は神秘的な存在どころか、理解不能な存在とさえみなされるようになったが、答えははっきりしている。感情は生命の管理に役立つのだ。
もう少し具体的に言うと、感情は警報を発する歩哨(ほしょう)のような働きをする。
感情は、幸いにも心を備える一人ひとりの心に対して、その心が属する生物の生命の状態を知らせる。さらには、そのメッセージが持つポジティブまたはネガティブな合図に従って行動するインセンティブを、その心に対して与えるのだ。
感情は、生物の内部の生命の状態について情報を集める。感情によってあらわになった感情の「質や強度」は、生命管理のプロセスに関する評価値に当たる。つまり、感情とは、私たちの身体の内部の生命活動の成功や失敗の度合いを、直接表現するものなのだ。
生命の維持という険しい闘いのなかで、私たちの身体は常に、生命をただ維持するだけでなく、健全に維持するための複雑で多層的な努力を続けている。この生命の健全性こそ、「充実」や「繁栄」と感じられるものだ。
バランスの取れた生命のプロセスは「幸福」として解釈される一方、「不快」「不調」「苦痛」といった感情は、生命の管理活動の失敗を指し示す。
私たち生物が直面しているこの劇的な状況は、私たちの生体の内部の一貫性や一体性の維持と大きくかかわっている。
今、私の周りにある命のない事物の一貫性や一体性は、そうした事物や私にとって何ら問題にならない。
私が今ものを書いている机、座っている椅子、周りにある棚や書籍を、斧で破壊しようと思わない限り、それらの事物は半永久的にそのままの状態を保つからだ。
だが、私の命や、その命を宿した生体は違う。朝食や昼食をとり、身体を適度な環境に保ち、病気を予防または回避し、病気になったら治してやらなければならない。
さらには、周囲の人々と健全な社会的関係を保ち、育んでいく必要もある。社会的な状況が身体の内部の状態に悪影響を及ぼし、ホメオスタシスの観点で生命管理のプロセスを妨げることがないようにするためだ。