給与所得だけを対象にする不公平
高齢者の低賃金化をもたらす

 この制度は、不合理であるだけでなく、不公平な制度でもある。なぜなら、在職老齢年金が対象とするのは給与所得だけであり、資産所得などは対象としていないからだ。

 アメリカやイギリス、ドイツ、フランス、スウェーデンなどには、支給開始年齢後に収入額によって年金を減額する仕組みはない。

 日本には、なぜこのように不合理な制度があるのだろうか? それは、もともとは、在職中は年金を支給しないことが原則であったからだ。しかし、それでは65歳以上の在職者にあまりに過酷だというので、1965年に65歳以上の在職者にも支給される特別な年金として「在職老齢年金制度」が導入されたのだ。

 つまり、この制度は「本来は受給できないはずの人に、特例として支給する制度」と考えられているのだ。

 その後、基礎年金制度が創設された85年の改正で、65歳を引退年齢と考え、65歳以上の者は在職中であっても、年金を全額支給することとされた。しかし、2000年の改正で、65~69歳に対する在職老齢年金制度が再び導入され、04年には適用対象が70歳以上に拡大された

 また在職老齢年金制度は、高齢者の低賃金化をもたらしている可能性もある。

 その理由を説明すると、それまでの賃金を維持すれば、これ以上働くと年金減額になるとしよう。それでも働くことを「第1案」としよう。しかし、賃金を低くすれば年金が減額にならないとしよう。そこで、賃金を下げて働くことを「第2案」とする。

 被雇用者としては、どちらでも同じだ。他方、雇用者としては第2案がよい。同一労働時間での賃金が低く抑えられるからだ。そこで、第2案を勧めようとするだろう。

 こうして在職老齢年金制度は、就業する場合にも低賃金の就業を促進することになる。つまり、この制度は、低賃金で高齢者を雇用する企業への補助金として機能していることになる。

年金財政検証、60代の就業率77%を見込むが
高齢者の就業率を引上げられるのか?

 2024年公的年金財政検証では、60代の就業率が2040年度に77%になるとしているが、これは22年度から15ポイントも就業率が上がることを意味する。在職老齢年金制度の下で、こうしたことが可能だろうか?

 この制度が適用されると、労働時間あたりの賃金が減ることになるので、高齢者の就業時間は減るように思われる。

 ただしそれは、「働いて所得を得るよりも余暇を楽しんだ方がマシ」という効果(代替効果)によるものだ。

 この他に、「貧しくなったことを取り戻すために、それまでより長く働く」という効果(所得効果)もあり得る。この効果のほうが強ければ、労働時間が増えることはありうる。ただし、これは、労働者が以前より貧しくなることの結果だから、ペナルティーであることに違いはない。