「高賃金の高齢者優遇」は当たらない
「2019骨太方針」の「見直し」具体化を

 医療技術の進歩や生活環境の改善によって、高齢者の身体機能は向上している。日本老年学会・日本老年医学会によれば、現在の高齢者は、10~20年前の高齢者に比べて身体機能が5~10年若返っている。

 政府は、2018年に取りまとめた「高齢社会対策大綱」で、「年齢による画一化を見直し、全ての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会を目指す」と宣言した。

 この宣言は、これまで「支えられる側」だった高齢者が、元気なうちは「支える側」に回ることができるよう、社会の意識を変えようとするものだった。在職老齢年金制度は、こうした「エイジレス社会」の理念と明らかに矛盾する。

 政府は19年6月にまとめた「骨太の方針」で、在職老齢年金制度は、「将来的な廃止も展望しつつ、見直す」とした。

 今回の年金財政検証でも、在職老齢年金制度を撤廃した場合のオプション試算が行なわれている。その結果をみると、制度を撤廃すると、1年間の年金給付総額は、今の制度を続けた場合と比べて、30年度に5200億円、40年度に6400億円増加する。

 現在の年金制度では、保険料率や国庫負担割合は固定されているため、年金給付総額が増大すると、マクロ経済スライドによる給付水準の調整期間が長期化する。このため、将来の年金水準が低下する。財政検証は、将来の受給世代の所得代替率が0.5ポイント低下するとした。

 こうした問題があることから、「在職老齢年金廃止は高賃金の高齢者優遇」との批判がある。しかし、制度の本質はこれまで指摘したように、高齢者が長く働き続けることに対する不当なペナルティーであることだ。

 政府は、財政検証の結果を受けて、今年中に年金制度改革案をまとめる。在職老齢年金制度をどうするかについて、政府はまだ態度を明らかにしていない。こうした不合理で不公平な制度は、是非とも廃止すべきだ。

(注1)従来は、60歳代前半を対象者にした「低所得者在職老齢年金(低在老)」もあったが、2025年で厚生年金保険の支給開始年齢の段階的引き上げが完了すれば(女性は2030年度)、対象者がいなくなるので、終了する。本文で説明しているのは、「高年齢者在職老齢年金(高在老)」と呼ばれている制度だ。
(注2)老齢年金の支給開始年齢は65歳だが、受給開始時期を66~75歳までの間に繰下げると、繰り下げた年数に応じて増額した年金を受け取ることができる。例えば、70歳で受給開始した場合は、65歳に受給を開始した場合に比べて1.42倍の年金額を受け取れる。75歳で受給を開始した場合には、1.84倍の年金額を受給できる。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)