一握りの超富裕層だけが入居する、閉ざされた「終の棲家」……。元首相も入居していると言われる“超高級老人ホーム”が、近年注目を集めている。これらを徹底取材したのが、ノンフィクションライター甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。

【独自】要介護3なのに台湾カラオケ旅行。豪邸エリアの高級老人ホームで不正が横行する呆れた理由カラオケのレパートリーは庶民的だ(Photo: Adobe Stock)

竹内まりやを熱唱するも……

 関西の高級住宅地にそびえ建つ老人ホーム「真理の丘」(仮名)。運営は社会福祉法人で、高級感をウリにして関西圏で介護事業を手広く展開している。

 今、私の手元に約2分間の動画がある。黒いセーターを着た高齢の男性がマイクを握って昔の歌謡曲を熱唱している様子が映し出されている。

 ピンク色の介護服を来た女性スタッフとデュエットしており、男性はリズムに合わせて身体を揺らしながら、喉を震わせ気持ちよさそうに歌っているのだ。

 撮影された場所は、真理の丘の施設内にあるカラオケルーム。ある職員は、この動画を私に提供しこう言った。

「北島さん(仮名)は映像の通り、認知症もなく、とてもお元気な方ですが、『要介護3』なんです。変でしょう?」

 男性は紙に手書きで「歌いたいリスト」を用意するほどのカラオケ好きで、週5日、真理の丘のデイサービスに通所して無料のカラオケを楽しんでいるというのだ。

 リストには「いのちの歌 竹内マリヤ」「愛のままで 秋本順子」「涙のはてに 北原ミレイ」(全て原文ママ)など10曲ほどが書かれており、相当歌い込んでいる人の選曲にも思える。

 要介護3の状態の目安は、寝返り、排尿、排便、口腔清潔、上衣の着脱、ズボン等の着脱が困難な状況とされている。

 だが、介護経験者から見て、明らかに元気な北島氏は要介護3の状態ではないという。

ケアマネも施設もみんなグル

 前出の職員はこう話す。

「介護認定には有効期限があります。期限が切れる前に更新が必要で、再び要介護認定調査を受けることになります。

 そこで要介護3以下になれば、ここに週5日通うことができなくなります。そのため北島さんは、担当のケアマネから、アドバイスを受けていたんですよ

 例えば、調査員には「歩けないと言いなさい」「送迎車への乗り降りは一人で歩いてできないと言いなさい」「トイレには行けず、ベッドの中で尿瓶でとっていると言いなさい」「施設に所属しているドクターに、要介護3相当と診断書を書いてもらいなさい」などと指南されたそうだ。

 つまり要介護3を維持するために、虚偽の申告を行い、その結果、要介護3が再び認定されたというのだ。これは介護保険の不正受給にあたる。

 職員の話によると、北島氏は認知症の利用者が近くにいるときでも、「あいつは認知症で歌が下手だから歌わせるな」「あいつは言ったことをすぐに忘れる」など大きな声で話すため、現場のスタッフも手を焼いていたという。

要介護3で台湾カラオケ旅行の疑問

 その北島氏は、要介護3の認定が再び降りると、20日間、一人で台湾旅行に行き、毎日違うカラオケ屋を巡って楽しんだことをデイサービスの職員に自慢げに語っていた。

 北島氏は帰国後、パイナップルケーキのお土産を介護スタッフの休憩室に持ってきたため、当時在籍していた別のスタッフもよく覚えているそうだ。

 実は、こうした不正行為は他の施設でも行われている。実際に以前、そうした例を取材したこともある。とはいえ決して許されることではない。

 今度は別の施設職員が言う。

「以前も要介護4のおばあさんがいて、『私、病気したことないねん』って言いながら、真理の丘の特養に入っていました。娘さんは市役所に勤めているそうです」

 もちろん市役所に勤めている娘が便宜を図ったのかどうかはわからない。

 そもそも市の職員が、そこまで便宜を図れるとも思えない。だが、真理の丘で働いていると何もかもが疑わしく思えてしまうというのだ。

 高級をウリにする老人ホームの裏側を垣間見た瞬間であった。

(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)

甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。