入居一時金3億円超え、一握りの超富裕層だけが入居する、閉ざされた「終の棲家」……。元首相も入居していると言われる“超高級老人ホーム”が、近年注目を集めている。これらを徹底取材したのが、ノンフィクションライター甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。なお、本書では施設名を実名で掲載している。

【何様?】記者の前で施設スタッフを電話で呼びつけ……。超高級老人ホームでふんぞり返る老人たちの実態どの老人ホームでも女性の割合が高い(Photo: Adobe Stock)

“メンバー様”らとご対面

 伊豆山から相模湾を見下ろす位置にそびえる、分譲型の高級老人ホーム「熱海レジデンス」(仮名)は全165戸、約180名の居住者が暮らしている。

 平均年齢は82歳。先日まで101歳というご高齢の方もいたそうだが、既に系列施設に転居したという。

 最も若い人は56歳だが、常にここに住んでいるわけではないそうだ。別荘のように利用する、いわゆる非常住者である。常住者の最少年齢は70歳くらいだという。

 居住者は女性のほうが多く、その中でも独身者が多い。

 ある居住者は「やっぱり女性のほうが平均寿命が長いですからね。二人で入ってきても男のほうが先に死ぬんですよ」と話す。

 いずれも取材当時の数字だが、今もそれほど大きくは変わっていないだろう。

「こちらへどうぞ。錚々たるメンバー様に集まっていただきましたので」

 営業部の杉山和之氏(仮名)はそう言って、居住者インタビューを行うための応接室に案内してくれた。この施設では、居住者のことを「メンバー」と呼んでいるようだ。

 ″錚々たる″メンバー様とは、どういう意味なのかと思ったが、きっと輝かしい経歴を持った居住者たちが集まっているという意味だろうと、勝手に想像を膨らませていた。

 インタビューでは居住者の本音などを可能な限り聞き出したいと思い、施設のスタッフには席を外してもらうよう頼んだ。

 取材に応じてくれた徳川秀夫さん(仮名)は、この施設の居住者で構成される理事会の前理事長だ。

 テーブル越しに向かい合った徳川さんの両脇には、5名の男女が並んで座っている。この老人ホームで暮らす居住者たちだ。

施設スタッフを電話で呼びつけ……

「共用部分の面積はね……」

 細かく施設の説明をしてくれる徳川さんが、言葉に詰まった。共用部と居室の専有部がどのくらいの割合かを教えてくれようとしていたときだった。

 すると徳川さんはスマートフォンを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。

「調べたらまた教えてください」

 施設の責任者へ正確な割合を問い合わせてくれたのだ。上司が部下に「正確な数字をすぐに調べて報告しなさい」と命令するような姿と重なった。

 その施設の責任者によれば、共用部分の面積は約4割。残りは居住者の占有部分だそうだ。

 各居室に緊急コールや人の動きがないと反応するチェックセンサーなどが完備されているのは、どの施設も同じだ。

 ハードの面では、これまで取材してきた高級老人ホームとさほど変わりはない。

 こうして一通り施設の概要は理解できた。

 すると再び徳川さんが、室内の温度を調整しに来てほしいとスタッフに電話をかけ始めたのだ。

 万全の環境で取材に臨もうという意気込みか、それとも単に面倒な高齢者なのか。

 その様子を見て、スタッフから要求の多い居住者だと思われていないか、ふと心配になったのであった。

(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)

甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。