何を食べるか・何にお金を使うか・どこに行くか…こうした私たちの日々の決断は「自分の意思だ」と思いがちだが、実は日常に潜むさまざまな認知バイアスによって操作されているーーそう解き明かすのが、人間の行動における「リアルな心理」や「脳のメカニズム」を経済理論に応用する行動経済学だ。この分野の知見は、公共政策やビジネスに応用されるケースが増えている一方で、人々の判断を故意に誤らせる「ダークパターン」として悪用される例も散見されており、いま注目のテーマである。
そこで今回は、「時間を忘れてのめり込んだ」「面白い話のオンパレード」と反響を呼んでいる行動経済学の入門書『勘違いが人を動かす』の著者エヴァ・ファン・デン・ブルックさんとティム・デン・ハイヤーさんに、ダークパターンを避ける方法などについて聞いてみた。(聞き手・構成/ダイヤモンド社 根本隼)

「お試し」のつもりが実は定期購入だった 登録は簡単なのに退会手続きがやたら面倒…人間の心理につけこむネットの罠「ダークパターン」を避ける方法とは?Photo:Adobe Stock

私たちのことを「私たち以上」に知っている企業

――行動経済学や認知バイアスについて知っておくことの重要性について、この時代ならではの背景も含めて教えてください。

エヴァ・ファン・デン・ブルック(以下、エヴァ) ビジネスや公共政策の究極的な目標は、「人々の行動を変えること」にほかなりません。また、私たちは家族や友人に対してストレスを感じたり、失望したりすることがありますが、それは「望ましい行動」を相手がとってくれないからです。

 なので、人間の脳や行動のメカニズムを知っておくことは、仕事・暮らしの両面においてとても重要です。

ティム・デン・ハイヤー(以下、ティム) テクノロジーが進歩し、広く普及したことで、誰もが最新のオープンデータにアクセスできるようになりました。それによって、企業間の「情報量の差」はだんだん小さくなっています。

 そのため、これからの時代は、どれだけたくさんのデータを持っているかよりも、データから「どんなインサイトを引き出せるか」がビジネスの成功のカギになっていきます。いまや、データを保有しているだけでは意味がなく、それを解釈して活用しない限りは宝の持ち腐れなのです。

 ここでいうインサイトとは、「ユーザーの心理や行動についての新しい仮説」のことですが、それを考えるうえで大いに役立つのが行動経済学です。

「お試し」のつもりが実は定期購入だった 登録は簡単なのに退会手続きがやたら面倒…人間の心理につけこむネットの罠「ダークパターン」を避ける方法とは?著者のティムさん(写真左)とエヴァさん

エヴァ 一方で、ITがめざましく発展したことで、私たちの意思決定(何を買うか、何を見るかなど)の多くはオンラインで行われるようになりました。それによって、人間の意思決定に影響を及ぼし、その行動を操作することが、企業にとってかつてなく容易になっています。

 率直に言って、オンラインのプラットフォームを持つ企業は、私たちのことを私たち自身よりも深く知っています。これは、ある意味で非常に危険な状態です。

ネットの罠「ダークパターン」を回避する方法とは?

――ここのところ、日本では、認知バイアスを悪用して本人が望まない行動へと誘導する「ダークパターン」が、ニュースでたびたび取り上げられています。

 1回かぎりのつもりで買ったのに「実は定期購入だった」という例や、退会の手続きをあえて複雑にして妨害するケースが代表的ですが、個人でできる「ダークパターン対策」は何かあるでしょうか?

ティム 「アルコールを飲まないためには、バーに行かないのが最善の手段だ」という言い回しがあります。これは、バーに一度入ってしまうと「アルコールを飲まない」という意思を守り抜くのが難しいからですが、ダークパターンについても同じことが当てはまります。

 つまり、ECサイトやソーシャルメディアのダークパターンに引っかかりたくなければ、まずはそれらを見る頻度を極力減らすべきだということです。難しく感じるかもしれませんが、いざ実践に移してみるとだんだん慣れていくものです。

 もしSNSなどがどうしても仕事で必要なら、仕事用のデバイスにだけアプリを入れて、プライベートのスマホやタブレットにはダウンロードしないのが得策です。私の場合、X(旧ツイッター)についてはそうしています。

 「自分の意思の強さ」を信じるのではなく、ダークパターンが潜んでいる場所に近寄らないのが一番です。

エヴァ 残念ながら、「自由意思が存在する」というのは幻想です。私たちは「自分の意思で選択・決定し、行動している」と思い込みがちですが、日常に潜んでいるさまざまな認知バイアスに踊らされ、操作されているのが現実です。

 なので、このデジタル社会を生きる私たちにとって、行動経済学や認知バイアスに関する知識があるかどうかは、理性的にネットと付き合う「ネットリテラシー」に直結するのです。

 そういう意味で、本書で解説したような「人間はどんなときに判断を間違えるか」という実例をなるべく多く知っておくことは、ダークパターンを回避するうえで極めて大切だと考えています。

(本稿は、『勘違いが人を動かす』の著者インタビューより構成したものです。)

【著者】
エヴァ・ファン・デン・ブルック
行動経済学者。ユトレヒト大学講師。
人工知能を研究し、行動経済学の博士号を取得。大学、政府、企業での応用行動研究にお いて15年の経験を持つ。消費者がより持続可能な選択をすることができるよう、より良い行動インセンティブを設計する組織を支援している。オランダ政府のキャンペーンなどにも携わる。

ティム・デン・ハイヤー
クリエイティブ戦略家、行動デザイナー、コピーライター。広告代理店B.R.A.I.N. Creativesの創設者。
ハイネケンやイケアなど、世界的に有名なブランドの広告に20年間携わる。ニューヨークからカンヌまで、数々の賞やノミネートを獲得してきた。ライデン大学オランダ語言語学修士号。マスコミュニケーション副専攻(ユトレヒト大学)。行動デザイン(BDA)、行動経済学(トロント大学)、神経マーケティング&消費者神経科学(コペンハーゲン・ビジネススクール)の修了証書を取得。