人を動かすには「論理的な正しさ」も「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。この心理的な傾向を、ビジネスや公共分野に活かす動きも最近は顕著だ。認知バイアスを踏まえた「行動経済学」について理解を深めることは、さまざまなリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、世界的ベストセラー『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から、私たちの生活を取り囲むさまざまな認知バイアスと、「人を動かす」ためのヒントを学ぶ。今回のテーマは、「集中力が続かない人の習慣」だ。(構成:川代紗生)

勘違いが人を動かすPhoto: Adobe Stock

「だらだらスマホ」をやめられない理由は「認知バイアス」

 たとえば、ソファに寝転がりながらスマホを眺めるときの集中力を、もっと有益なことに費やせたのなら、私はどれだけ成長できるのだろうと、つくづく思う。

 SNSに「いいね!」がきていないだろうかと、反応しない通知ボタンを何度も更新してみたり、Yahoo!ニュースのコメント欄を延々と読み続けたりしているうちに、気がつけば1時間。

 そのくせ、仕事モードにはなかなか切り替えられない。まったく、こんな自分が、ほとほといやになってくる。

 あなたは、そんな自堕落な自分に、ため息をついたことはないだろうか。「スマホへの集中力」と「仕事への集中力」を入れ替えられたらどんなにいいだろうと考えたことはないだろうか。

 やりたいことは無限にある。スキルアップしたい意欲も、読みたい本だって山ほどある。

 にもかかわらず、どういうわけかいつも、だらだらと過ごす時間のほうを優先してしまう。

 さて、「目標を達成したい」という私たちの気持ちを妨げる、最大の敵は何なのだろう。

 それは実は、「意志の弱さ」でも「怠惰な性格」でもない。「認知バイアス」なのだ。

「論理」よりも「情熱」よりも「認知バイアス」が人を動かす

「認知バイアス」とは、人間の先入観や偏見といった「勘違い」のことである──『勘違いが人を動かす』には、そう書かれている。

 私たちの行動は、思いも寄らない、ほんのちょっとしたことに影響されているというのだ。

 本書のカバーのそでには、こんなコピーが印刷されている。

「論理」よりも「情熱」よりも「認知バイアス」が人を動かす。(本書カバーより)

 罪も報酬も、知識も議論も、感動も約束もないのに、なぜ人の行動は「意識できない些細な仕掛け」に自然と誘導されてしまうのか?

 えっ、認知バイアスって、そんなに人を動かす効果があるの? と、初読時はぎょっとした。

「認知バイアス」という名前や、意味はなんとなく知っていたものの、そこまでの影響があるとは思わず、はてどういうことだろうと思いつつ、ページをめくってみる。

 ハイネケンやイケアなどの広告を手がけたコピーライター、ティム・デン・ハイヤーと、行動経済学者のエヴァ・ファン・デン・ブルックの共著ということもあり、「あなたがこの商品を買ってしまうのは、こういう仕掛けがあるからなんですよ」「街にこういう表示が書いてあるのは、通行人にこんな行動をとってほしいからなんですよ」といった実例がわんさかと出てくる。

「そうだったのか」と、目から鱗の連続だ。また、人間の「脳」の仕組みに、驚かされもする。

「努力をしない」のは脳の戦略

 さて、そんな本書の中で注目してもらいたいのは、やはり「やりたいことがあるのに、なぜ、怠惰な行動をとってしまうのか」だ。

 やらなければならないタスクがあるのに、つい先送りしてしまい、上司に怒られる。

 資格試験の勉強を進めたいのに、めんどくさい気持ちが勝ってしまい、だらだらYouTubeを見てしまう。

 このように、いわゆる「やる気がない」「怠惰」「最後までやり切る力がない人」などと評価されがちな行動は、実は脳の欠陥などではなく、むしろ「脳の仕様」なのだという。「努力を避けようとするのは、賢く効果的な脳の戦略」という言葉が、本書にははっきりと刻まれている。

一度ついた習慣を変えるのが難しい理由

 よく、「人間はふだん、脳の一部しか使っていない。だから、使われていない部分をもっとうまく活用すれば、今以上のパワーを出せるはずだ!」などと言われたりする。

 しかしこれは誤りで、実際には、脳はフル活用されているらしい。

 私たちが意識していないところで、脳はつねにたくさんの意思決定をしている。水を飲むために手を伸ばす、コップをつかむ、キーボードの上で手を動かす、時計をちらりと見る……。この一つひとつは、脳の意思決定の結果なのだ。

 本書によれば、人が下す意思決定の数は、1日に約35000回とも言われているらしい。

 つまり、その35000回の意思決定について、いちいち「Aをするべきか、Bをするべきか、うーむ」などと熟考しているヒマはないわけだ。

「はい、次」「はい、次」「はい、次」と反射的に処理しないことには、脳のエネルギーがもたない。

 意思決定の95パーセントは、自動的に行われていると考えられている。深い思考に入る前に、人はすでに行動しているというのだ。

 これこそが、一度ついた習慣を変えるのが難しい理由であり、「やりたい」と思っていても動き出せない理由だ。

 これまで説明してきたように、脳は選ぶことを好まない。そのため、一度決断を下すとそれをあまり疑おうとしなくなる。

 その結果、選択は習慣化する。人は便利なものを好む。そして、今までと同じことを続けることほど便利で楽なものはない。

習慣を変えなければ、脳は同じことを続けるだけでよく、何も決断しなくていい。(P.129)

習慣の専門家が開発した「スマホ中毒にさせる仕組み」とは?

 さらにおそろしいことに、こういった脳のメカニズムを見事に理解した、さらなる強敵が存在する。それがスマホのアプリだ。

 私たちをスマホの画面に引きずりこみ、無限に時間を奪っていくアプリたち。その裏では、特別に開発された“キラー・バイアス”なるものが大活躍しているという。

この仕組みのもとをつくったのは、習慣の専門家ニール・イヤールだ。彼は、ユーザーにプロダクトの利用を習慣化させることを目的とした「フック・モデル」を提唱した。アプリ開発者はユーザーをアプリに引き込むために、4段階から成るこのモデルをお手本にしている。(P.136)

 この「フック・モデル」について、くわしくはぜひ本書を読んでもらいたいが、たとえば、アプリのアイコンに新着メッセージの数が、赤い色で「1」と表示されたりするのも、その戦略の1つなのだそうだ。

「ツァイガルニク効果」という有名な認知バイアスで、脳は、完了したタスクよりも、完了していないタスクのほうを強く認識する傾向にある。

 だから、「完了していないですよ」という表示が出ると、それを「すぐに終わらせたい」という気持ちが強くなり、ついアプリをタップしてしまうのだという。

仕事に限界を感じたら「認知バイアス」を利用しよう

 読めば読むほど、自分のふだんの怠惰な習慣の理由を明らかにしてくれているようで、あっという間に最後まで読み終わってしまった。

 本書に書かれていたさまざまな認知バイアスを利用し、目標達成しやすい環境づくりをしていこう、という前向きな気持ちも湧いてきた。

 ひとつ、大きな学びだったのは、我々が「やる気」と呼んでいるものは、ごくわずかな「トリガー」の積み重ねでしかないのだとわかったことだ。

 私たちは、本当にちょっとしたことに日々影響されながら生きていて、たとえば、デスクの上に書類が散らばっているとか、電話がひっきりなしにかかってくるとか、向こう1週間のスケジュールが読めないとか──そういった、細かな、意識にものぼってこないような些細なことに、ふりまわされ、その結果が「行動」としてあらわれている。

 今までさまざまな本を読み、自分を変えようとがんばってきたが、変えられなかった。そんな人は、「認知バイアス」の力を借りてみてはどうだろう。

 スマホの設定を少しだけ変える、カレンダーの使い方にちょっと工夫を加える。ドカンと大きな変化ではない。いつもの習慣をちょっとずらす程度の、地味な変化。

 その積み重ねがいつか、バタフライ・エフェクトのように、大きな「人生の変化」につながっていくのかもしれない。

(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』より一部を引用して解説しています)