人を動かすには「論理的な正しさ」も「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。人間が生得的に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きはますます活発になっている。認知バイアスを利用した「行動経済学」について理解を深めることは、様々なリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から私たちの生活を取り囲む様々な認知バイアスについて豊富な事例と科学的知見を紹介しながら、有益なアドバイスを提供する。
頭のいい人が「相手を誘導する」ために使う言葉とは?
議論の場で効果的にフレーミング(相手がどのようなレンズを通してものを見るかを誘導すること)を使う方法がある。相手に質問をすればいいのだ。
質問をすれば、相手は頭のなかで自動的に答えを探す。
ジョン・F・ケネディ元米国大統領は、あの有名な演説でこの手法を使った。
「国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国のために何をなすべきかを問うてほしい」
それに対し、「大きなお世話だ。何を問うかは自分で決める!」と言った人はいなかった。
これは、よく考えてみるとすごいことだ。人々は何の疑いもなく、「これはよく考えるに相応しい質問だ」という前提を受け入れたのである。
有名なシャンプーのブランドがこうしたアイデアをキャッチコピーに採用している。
「あなたには、その価値があるから」。このコピーは「私にはその価値があるだろうか? もちろん、あるに決まってるさ!」という消費者の自問自答を誘導している。
消費者はこの問いに気をとられることで、「そのシャンプーには、競合製品より高いお金を払う価値があるか?」と自問するのを忘れてしまう。
フレーミングによって、焦点がシャンプーから消費者自身に置き換えられたためだ。
フレーミングは喩えという形で用いられることが多い。
政治の場合なら、政府による生活保護は貧困層を守る「セーフティーネット」と見なされることもあれば、働けるのにそうしない者を甘やかす「怠惰なハンモック」と見なされたりもする。
販売員もしきりに次のような喩えを使いたがる。
「お客様がご覧になっているモデルは、インクジェットプリンターのロールス・ロイスです」
一見、もっともらしく聞こえるが、実際には何の意味もない。そのプリンターが本当は「安物の車」に近いと証明するのは難しいからだ。
言葉には、もともと比喩的な性質がある。
そのため、喩えを使ったフレーミングの可能性は無限だ。
私たちは、「穴があったら入りたい」と口では言っても、本当に穴に入るわけではない。
オランダ語では困った状態のことを「つけ汁のなかに座っている」と言ったりするし、英語にも「青い恐怖のなかにいる」という表現があるが、もちろんこれらも比喩だ。
しかし、私たちは実際にこういう表現を使う。頭のいい人は、それをふまえたうえで、うまくフレーミングを使っているのだ。
(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から一部を抜粋・改変したものです)