金本位制は全然ダイジョーブじゃなかった!
金本位制は、金の価値に依存して、通貨価値を保つ制度だ。しかしそうすると、常に二つの不安要素がつきまとう。
まず一つは「もしその国の金が足りなくなったら、どうなるのか?」。そしてもう一つは、「もしその国の経済がガタガタになったら、果たして世界は、その国の金本位制を信用してくれるのか?」だ。
前者はいたってシンプルな物理的不安だ。金が足りなくなれば、その国の通貨は金と交換できない。金と交換できなければ、その国の通貨は紙くず同然だ。よってそうなれば、その国とはもう貿易できない。
「うちの通貨は金と換わらなくなったけど、うちの国内では使えますよ。ダイジョーブ、ダイジョーブ」
全然ダイジョーブじゃない。国内での信用なんて、その国と運命共同体の自国民との間だけの約束事だ。もしお前らの国で改革でも起こって、通貨が変わったらどうすんだよチョンマゲ! そうなりゃ信用できるのは紙切れより金だろーが。ふざけたことぬかしていると、黒船で駆逐するぞ。
金本位制がシビアな制度である以上、通貨と金の交換保証がなくなったら、もう貿易は存続できない。どの国もそうなることを覚悟した上で、ふだんから金不足に陥らないよう注意しなければならない。
でも実は、金本位制で最も怖いのは後者、すなわち心理的不安だ。これは具体例があった方がわかりやすいので挙げてみよう。例えば、今の日本が金本位制を採っているとする。そんななか、もしもバブル崩壊みたいな、国の信用が一気に消し飛ぶほどの出来事が起こったら、貿易相手の外国人はどう思うか?
メチャメチャ不安になるね。なぜなら彼の財布の中には、日本との貿易用に1万円札がギッシリ入っているんだから。彼は思う。今日本は瀕死の状態だ。下手すると、明日には通貨と金の交換ができなくなるかも。でも今日ならまだできる。なら今のうちに銀行に行って、手持ちの1万円札を全部金に換え、日本とのつき合いをやめないと。
その結果、何が起こるか? 金の海外流出だ。これで金がどんどん出て行ってしまえば、結局金不足から制度が崩壊することになる。つまり金本位制下では「不安でたまらない1万円札なんかより、安心できる金を」と思われたらアウトってことだ。
実際の世界でも、まさにそれが起こった。1回目は、第一次世界大戦の開戦に伴う金本位制からの離脱、そして2回目は、世界恐慌だ。前者は戦争中だから、他国は基本信用できないし、戦費の捻出には金保有量にしばられない紙幣の増刷や国債の発行も必要になる。あまりよろしくない理由ばかりだが、ここでの離脱はある意味当然だ。
しかし、やっぱり戦争での離脱は、後処理が大変だ。結局このときは、大戦が“対岸の火事”だったアメリカだけが1919年に早々に金本位制に復帰しているけど、他国は戦後の国債処理やインフレ収束、金保有量回復に手間取り、金本位制への復帰は、1924年にドイツ、1925年にイギリス、1928年にフランスと、だいぶ遅れてしまっている。
そして世界恐慌だが、こちらは完全に金本位制が崩壊するきっかけとなった。1929年、ニューヨークのウォール街で突然弾けたバブルは、世界に深刻なデフレ不況をもたらした。
これに対する対策として、前に紹介したようにアメリカのフーヴァー大統領はスムート・ホーリー法に基づき、自国産業を守るために“輸入品が高すぎて売れなくなる”よう、輸入品に高い保護関税をかけたが、これが大失敗だった。
アメリカへの輸出に依存している国々は、高関税でモノが売れなくなるのを避けるためには、金本位制を捨てて通貨価値を切り下げ、モノを安くするしかなくなってしまった。つまり日本で言うなら、まず人為的に円安にする。すると、「円安=日本のモノは安い」だから、これで日本のモノが再び売れるようにするってこと。こういう自国通貨の不当な切り下げを、「為替ダンピング」という。
具体的には1931年、イギリスが金本位制を離脱し、ポンドの価値を切り下げたのをきっかけに各国も追随し、1930年代半ばのヨーロッパは為替ダンピングだらけとなった。そしてついに1937年、最後まで踏ん張っていたフランスが金本位制を離脱し、世界から完全に金と交換できる通貨が消滅してしまった。
金本位制が消えてしまうと、そこに残るのは、ダンピングによる小さなメリットと、他国通貨への不信感という大きなデメリットになる。金という絶対的なモノサシを失った各国は、もはや他国通貨を受け取ること自体が怖くなり、アメリカ以外の国々も「保護貿易」(保護関税や為替制限)を始めることになる。