錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本連載では同書からトレーニングについて、最新のトレンドを紹介していきます。
「体幹」という言葉がしばらく前からポピュラーになっています。体幹の重要性についてはメディア等でもよく話題になるので、ご存じの方も多いでしょう。では、体幹とは身体のどの部位を指すのでしょうか。また体幹を鍛えることにどんな意味があるのでしょう。意外と知られていない体幹の謎をお教えします。

体幹の重要性についてPhoto: Adobe Stock

「体幹」とは何か?

 体幹とは、人間の身体の胴体部分(首と胸、腰)を言います。お腹周りの筋肉を指していると思われがちですが、筋肉だけでなく骨格や内臓も含めた胴体全体を体幹と言うのです。

 人間の身体のなかで一番出力が高いのは股関節です。ですから体幹を鍛えるというのは股関節周りの筋肉を整えることになります。

 股関節は可動域が広く上半身を支えています。重量のある上半身と頭のポジションをしっかりと安定させてくれるのが体幹です。

 股関節周りの筋肉量が増えれば、筋肉を動かすために脂肪が消費されて美しい体型を保つことができます。さらに広背筋や肩甲骨周辺といった背中の筋肉をつけることで美しい姿勢が保てます。立っている時だけでなく、動いている時も軸がブレない、その動作が身体をエレガントに見せるのです。

 体幹を鍛える最大の目的は何か? それは身体全体のブレを防ぎエネルギー効率を高めることです。
多くのスポーツの始点は、足で地面を蹴ることから始まります。蹴った反発力は身体の頂点である頭まで伝わるのですが、体幹がしっかりしていないと、その力がブレて、せっかくのパワーを逃がしてしまいます。

 たとえばテニス、ゴルフ、野球などは、「足を使って腰で打つ」などと言われます。これらのスポーツで主に使われるのは腕ですが、実際には足からのエネルギーを股関節に蓄えてパワーに変えているのです。

なぜ体幹を鍛える必要があるのか

 ゴルフのスイングで説明すると、まず振りかぶる時にしっかり足を踏ん張ります。スイングを開始したら、そのエネルギーを足でしっかり受け止めます。そこで蓄えたエネルギーを身体が回転する中で、膝から腰、上半身、腕へと伝えていくのです。

 ゴルフをプレーされる方は、スイング中には「頭を動かすな」と注意されたことがあると思います。これにはスイングのブレを防止する効果がありますが、力を逃がさないためにも必要なことなのです。

 地面からの反発力をいかに逃さず、上半身まで伝達させていくかが体幹の重要な役割です。コマが勢い良く回転しているときは軸が全くブレませんよね。同様に左右のブレがない状態での運動は力をしっかり伝えてくれるのです。

 僕が指導した例で言うとマリア・シャラポワは骨盤が広い体型なので、股関節周りの筋力がつきにくいため、特に体幹のトレーニングを意識しました。

 一方、同じ女性選手でも大坂なおみは骨盤が狭く股関節の筋力が強いタイプです。野球で言うならホームランバッター、陸上ならスプリンターで体幹がブレずに激しい動きができるタイプです。この場合は筋力をつけると同時に強大なパワーをコントロールするために柔軟性を養うことが課題になります。
つまり、「体幹」のみを鍛えればいいというわけではなく、体幹を強化するためにはその他の筋肉との連動が大切なのです。

 短距離走のアスリートの身体を思い浮かべてください。走るという動作に必要な下半身は当然洗練されています。しかし同様に彼らの上半身も見事に鍛えられていることがわかるはずです。それは、地面を蹴ったエネルギーを逃がさず、しっかり全身に伝えるために、腹筋も胸筋も肩や腕の筋肉もすべてが連動していることの証なのです。

(本記事は、『世界最高のフィジカル・マネジメント』から一部を抜粋・編集して掲載しています)

中村 豊(なかむら・ゆたか)
ストレングス&コンディショニングコーチ
1972年生まれ。高校卒業後アメリカにテニス留学。スポーツトレーナーという職業に興味を持ち、カリフォルニア州チャップマン大学で運動生理学、スポーツサイエンスを学ぶ。1998年、サドルブルック・テニスアカデミーのトレーニングコーチに就任。2000年、女子テニスプレーヤー、ジェニファー・カプリアティのトレーナーに就任し、翌年世界No.1に導く。2004年よりIMGアカデミーに所属し、錦織圭のトレーニングを14歳から20歳まで受け持つ。2011年よりマリア・シャラポワの専属トレーナーに就任。シャラポワの黄金期を7年間支える。2020年6月、大坂なおみの専属トレーナーに就任。わずか2ヵ月でスランプに陥っていた大坂を再生させ、全米、全豪と立て続けのメジャータイトル奪取に貢献。世界のプロスポーツ界で最も注目されるフィジカルトレーナーのひとり。トレーナーとしての豊富な経験と知識を生かし、一般の人に向けた入門書『世界最高のフィジカル・マネジメント』を上梓した。