遅刻と「うつ」の関係は?

 ここでまず、お断りしておかなければならないのは、遅刻は必ずしも「うつ」にだけ見られる現象ではないということです。慢性的に遅刻癖のある人も珍しくありませんし、強迫神経症(強迫性障害)など他の病態の場合でもいくらでも遅刻は起こりうるからです。もちろん、社会性が身についていないような人の遅刻も大いにあり得るでしょう。

 しかし、それまで遅刻癖もなかったような人が、ある時期を境にして遅刻が急激に増えて、ついには無断欠勤にまでいたってしまうような経過が見られた場合には、その人が「うつ」の状態に陥っている可能性は高いと考えられます。

 このK子さんの場合は、その意味ではかなり要注意な状態にあると言えるでしょう。そして、上司の発した「自分にだらしない」「もっと自己管理すべき」という注意は、この場合にはまったく役に立たないどころか、むしろ逆効果になってしまったと考えられます。

遅刻のからくりとは?

 さて、遅刻とはどのようなからくりで起こるものなのか、ここで詳しく考えてみましょう。

 さて、今回も毎度おなじみの図が登場しました。

「頭」はいつものように「心」=「身体」との間の蓋を閉めてしまっています。そして、寝ているということは、「頭」も寝ている状態なのですが、目覚まし時計が鳴った時にぼんやりした状態の中で、こう考えます。「今この目覚まし時計を止めても、きっと自分は、5分後にキチンと目覚めるはずだ」と。

 ところが、「心」の方は自然児そのものですから、「頭」が考えるような責任とか義務感などとはまったく関係なく、「まだ眠いから、このまま寝ていたい」と思っているのです。「身体」は「心」と一心同体ですから、目覚まし時計を止めて眼を閉じたら最後、決して5分後に目覚めるなどという〈奇跡〉は起こらないのです。

 「頭」は、蓋を閉めているので「心」の正直な声を聴くことができていませんから、「あるべき自己」しか見えていません。つまり、「キチンと起きるべきだ」という「頭」だけの考えが、「自分はキチンと起きるに違いない」という間違った認識にすり替えられてしまっているわけです。

 また特に、寝覚めの時には「頭」自体がまだぼんやりしていますから、「頭」お得意の「心」=「身体」への強権的コントロールは、うまく機能しません。よって、「心」の刹那的な「このまま寝ていたい」が勝利をおさめることになりやすいわけです。