三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第129回のテーマは「家族計画とマネープラン」だ。
生涯で2度のギャンブル
不動産投資バトルで出遅れた藤田家の御曹司・慎司は、合理的判断と説明不能な「引っかかり」の間で苦悩する。トントン拍子で物件取得を済ませた主人公・財前孝史がのんきに観光に出かけるなか、慎司はタイムリミットぎりぎりで衝動的な「賭け」に出る。
人や組織はときに「どちらかを選ぶしかない」という岐路に立たされることがある。たとえ選択の先に希望の光が見えたとしても、常人なら、後戻りができない決断を前に不安を抱くものだ。就活、転職などのキャリアパスや結婚・離婚などのライフイベントの選択は期待と不安がセットになるものだ。
そうした場面で、まず頼りになるのは客観的なデータだ。将来を保守的に見積もり、安全なルートを探る。私自身は慎司に近いタイプで、データに基づく合理的選択を好むし、そうした判断が得意な方だ。一発勝負のギャンブルより、手堅い一手を探る。
そんな私が「ギャンブル」に出たことが、これまでに2度ある。ひとつは「3人目の子どもを持つ」と決めたこと。もうひとつが日経新聞を退社したことだ。作中で慎司が優良物件の内覧中に自問するように、どちらの決断でも大事にしたのは、「正解かどうか」ではなく、「心の底から求めているのは何か」だった。衝動と言い換えても良い。
三女が生まれる前、30代前半の夫婦と学年3つ違いの幼い娘ふたりの4人家族は、悪くないバランスが取れていた。子育てはとにかく手がかかるし、特に東京では住宅事情もあって「5人家族」のハードルは高い。生活ぶりや収入、学費の見込みといった客観的データからは「子どもは1人か2人」が合理的選択だった。
それでも「もう1人いた方が、楽しいんじゃないか」という直感に従って、メンバー増員を決断した。詳細は「専業主婦で何が悪いか!」というnoteに記したのだが、その結果、我が家のマネープランの予見可能性は大きく下がった。
カツカツ父さん「大学は国公立で!」
具体的には「三姉妹には高校・大学とも極力、公立に進んでもらう」という制約条件が加わった。新聞記者はそこそこ高給取りなのだが、それでも「子ども3人」ではカツカツの将来が見えていた。我が家は放任主義で、勉強ふくめて三姉妹がやることに口出しすることはほぼ皆無なのだが、「大学は国公立でお願いします!」が私の口癖になった。
振り返ってみても、かなり危なっかしい選択だったのだが、幸い、今のところ20年ほど前に打った賭けは悪くない方に転んでいる。日経を辞めたことも、金銭面では合理性にやや欠けるリスキーな選択だったと思う。こちらの「ギャンブル」の成否はまだ見えない。
このふたつの賭けについて自問してみると、「先が見えすぎること」をつまらないと感じる心理的クセが浮かび上がる。無謀なギャンブルは好まないが、どうやら「終着駅」が見えてくるとちょっとレールから外れてみたくなるところがあるようだ。
人生は一度きりだし、お金は墓場まで持ってはいけない。用心しつつ、「面白そう」「何かある」という衝動はこれからも大事にしたい。
合理主義者の慎司は説明不能な衝動に駆られて、綾瀬の街へとスケボーを走らせる。答えのない問いに悩むことに「生まれて初めて」向かい合ったという若者が、大きく成長するエピソードが待っているのでは、と期待が膨らむ。