坂本龍馬に思いを馳せ
生きる力が湧き上がる

「きっとうまくいく」

 熊田の言葉が響いていた。孫はひたすらベッドに横になっていた。

 以前のように、こっそり病院を抜け出して仕事をするということはまったくなかった。

 治療にすべてを賭けていた。この間、マンガ本から歴史書まで、あらゆる分野の書物、3000冊以上を読破した。

 南向きの窓辺のベッドに横たわり、孫はくる日もくる日も本を読みふけった。

 とりわけ心をとらえたのは、中学生のころ読んで感銘を受けた司馬遼太郎の『竜馬がゆく』であった。

 龍馬の痛快な生き方にあこがれた。

 土佐藩を脱藩した。脱藩は死罪であり、累は親類縁者にまでおよぶ。

 そのため、次姉は自害、龍馬を育てた三姉の乙女は離縁された。

『竜馬がゆく』を読み返した孫に、それまで理解できなかったものが見えてきた。

病室の孫正義は孤独だった。「夜、ひとり泣きました」ソフトバンク草創期の闘病生活『志高く 孫正義正伝 決定版』井上篤夫(実業之日本社文庫)

 龍馬は大きな志に生きた。

 刺客の手にかかった。33歳の短い命であった。

だが、人生は長さではない。いかに燃焼して生きたかどうかに価値がある。

 孫は龍馬の生き方にふたたび大きな感動をおぼえた。

 天運に身をゆだねることが大切なのだ。

 ふたたび孫に生きる力が湧き上がってきた。

 病室に午後の強い光が射し込んでいた。