「うまくいっていますか?」
それだけを孫は医師に問うた

 3月17日から本格的な治療が開始された。

 ステロイド剤を短期間投与し、いったんやめると、e抗原はみるみるうちに減少していった。

 孫のなかで目覚めた免疫力がe抗原と闘っていることは、はっきりと数値にも現われていた。

 だが、孫の表情は暗かった。

 熊田が回診にくると、孫は心配そうに訊いた。

「治りますか?」

「うまくいっていますか?」

 入院してから孫が口にしたのは、そのふたつだけだった。笑顔を見せながら、熊田は答える。

「数値もよくなっているし、順調ですよ」

 孫はにこりともしない。

 熊田が出ていくと、カーテンを引いて閉じこもった。

 ベッドに横になって天井を眺めた。

 孫は大きくため息をついた。

 2年間、この繰り返しだった。

 ふたたび暗い闇のなかに放り込まれた。

 孫の身に黎明が訪れたのは、ゴールデンウイークの明けた5月9日のことだった。

 孫のe抗原は正常値に近い50以下にまで下がっていた。

「先生、うまくいっていますか?」

 孫は熊田に訊いた。

「いいよ、きっとうまくいく」

 このあと上がるか下がるか――それが重要である。これまでの治療方法では、e抗原値が下がれば、薬をやめないでずっと使っていた。だが、これではウイルスは完全には消えない。喧嘩しないだけだ。ここで、投与をやめて大きな喧嘩が起きるかどうか。大きな賭けである。