これからの時代に必要なことは、福沢諭吉の『学問のすすめ』の中にある!『現代語訳 学問のすすめ』で福沢の視点を幅広く世に知らしめた教育学者の齋藤孝さんと、明治維新と現代日本に共通する23のサバイバル戦略を抽出した『「超」入門 学問のすすめ』の著者・鈴木博毅さんが、歴史的名著から学ぶ「前進力」「上司力」、そして時代を生きるための「マイ古典」の重要さについて語る。
今は「知的好奇心」が育たない。
その意義や持ち方を大学で教える時代
齋藤:『学問のすすめ』にもある通り、福沢の中心にあったのは知的好奇心です。たとえば、まだ海外を知らない頃にオランダ語を長崎で勉強し、それによって当時の全世界の最先端の知に触れられるようになった。
いったい何の役に立つかは分からないけれども、とにかく知りたい、という欲望が彼にはあったのだと思います。結果、同じように知的好奇心を持ち、新しい世界を切り拓きたいと考えるメンバーが適塾に集まった。でも実は、その知的好奇心というものが、「普通にしていたら育たないんだ」っていうことが、大学生を教えていてわかったんです。
鈴木:知的好奇心がない学生が多いということですか?
齋藤:知的好奇心というものは誰でも大なり小なり持っているものだとばかり思っていたのですが、今の学生にとってはそうとは限らないんですよ。知的好奇心の意味とか持ち方自体を教えないといけない時代なんです。若い人たちに、大学入学前の1カ月の休み期間で何冊本を読んだかと聞いたら、6割程度が0冊ということがありました。
鈴木:0冊!? それはびっくりですね。
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。著書は25万部突破『雑談力が上がる話し方』をはじめ、『学問のすすめ現代語訳』(ちくま新書)、『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『古典力』(岩波新書)、『売れる!ネーミング発想塾』(いずれもダイヤモンド社)など多数。
齋藤:僕なんて大学入学前、だいたい4日ごとのペースで心理学や社会学など大学レベルの教科書を次々と読破していくという合宿を友人たちとしたんですよ。すべて一通り目を通した上で、大学入学に臨んだわけです。それはまあ極端だとしても(笑)、休みの間に1冊も読まないで入学するというのは、いいことではないですね。
そんな新入生たちでも、1カ月ほど読書トレーニングをほどこすと、新書を週に3~5冊ペースで読むようになります。
読書をミッションにすると、知的好奇心は、はっきり発現します。期待感を持ってミッションを与えると、今の若者は驚くほど伸びます。
もちろん直接人と触れ合うことは大事ですが、僕は書籍も「出会い」の入り口として重要だと思っています。書籍って新しい世界に出合えるという点は細切れの情報と同じでも、1冊を通して「著者」と出会える感じがあるのが違うところ。書いた人の世界観と人格に、同時に出合えるんです。
ビジネスマンでも新書ぐらいは月に2冊程度読むことを会社が義務づけていいんじゃないですかね。もちろん社員の負担になってはいけませんから、たとえば業務中に20分ぐらい取って読書会などをやってもいい。そういう教育こそが、日本企業の基礎体力を底上げするような気がします。
鈴木:僕も同感です。課題図書がある会社というのも少しずつ増えてきてはいますが、まだまだ少数なのが実態です。新書を月に2冊読ませれば、社員の教育効果としては絶大ですよね。
齋藤:現代の仕事ってほとんどが知力で成り立っていますよね。状況をどう分析するか、そして対策を立てるにあたってどういうアイデアがあるのか。でも考える素地がないと、やっぱり今まで通りやるしかないということになる。
僕は学生に、「知力も体力」と常々伝えているんです。たとえば10冊の本を積まれて明日までに読むように言われて、ちゃんとこなせる人と、できない人がいる。これは体力がない人にいきなり「20キロ走れ」と命じるのと同じで、知的体力のない人に勉強しろと急に言ってもやっぱり無理なんです。
しかも知力というものには、鍛えるべき時期がある。それがまさに20代30代です。その時期に会社や組織がある程度強制的に鍛えてあげないと、知力が低いままで40代を迎えてしまうことになり、その後、ビジネスマンとしてものすごく大変になると思うんですよ。
1972年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。ビジネス戦略、組織論、マーケティングコンサルタント。MPS Consulting代表。日本的組織論の名著『失敗の本質』をわかりやすく現代ビジネスマン向けにエッセンス化した『「超」入門 失敗の本質』はベストセラーになる。その他の著書に『「超」入門 学問のすすめ』(ダイヤモンド社)、『ガンダムが教えてくれたこと』『シャアに学ぶ逆境に克つ仕事術』(共に日本実業出版社)など。
鈴木:うーん、確かに。出口を見つける能力が自分にないので、「流れ」に沿う以外の行動ができないという結果に陥るんでしょうね。
齋藤:「流れの仕事」というのは、これからますますアウトソーシングされて、どんどん社外に出ていきますよね。すると本当に行き場がなくなってしまう。
鈴木:あと、知的体力という観点から言えば、問題を半年間とか1年間とか保持し続けられる人と、すぐ手放してしまう人がいると思います。知的体力の差というのは、問題を抱えることのできる期間の差でもあるかな、という気がします。
たとえば、大きな課題であれば1年間抱えながら、2、3カ月ごとに小さなアウトプットをしていくことで、最終的なゴールにたどり着くということもある。知的体力のない人というのは、それ自体がもうできないだろうな、と。これは単なるテクニックではありませんからね。仕事を創ることができる能力と、知的体力は大きく関連していると思います。