なぜ今、福沢諭吉の『学問のすすめ』なのか?『現代語訳 学問のすすめ』で福沢の視点を幅広く世に知らしめた教育学者の齋藤孝さんと、明治維新と現代日本に共通する23のサバイバル戦略を抽出した『「超」入門 学問のすすめ』の著者・鈴木博毅さんが、今も色あせない歴史的名著の有用性について語り合う。

『学問のすすめ』には
ビジネスの革新方法が書かれている

『現代語訳 学問のすすめ』福澤諭吉著、齋藤孝訳(ちくま新書)
歯切れのよい原書のリズムをいかしつつ、文語を口語に移した現代語訳。現代にいかすためのポイントを押さえた解説つき。

齋藤:僕は教育が専門なので、常々学生たちにも『学問のすすめ』を読んでもらいたいなと思っていたんです。でも実際には、大学生で読んでいる人の数はものすごく少ない。そんなに難しい文章でもないんですが、今の人にはちょっと漢文調でハードルが高いのかもしれません。そう思って、数年前に『現代語訳 学問のすすめ』(ちくま新書)を出しました。

 一方で、鈴木さんの新刊『「超」入門 学問のすすめ』(ダイヤモンド社)は、明治維新という日本の大きな転換期に書かれた『学問のすすめ』を読み解くことで、現代を乗り切るヒントを学ぶという内容ですが、そもそもこれをお書きになる発端は何だったのですか?

鈴木:国家として存亡の危機に直面し、強制的に鎖国を解かれた明治維新と、今や国民全体がすっかり自信を失っている一方で、本格的なグローバル化が避けられなくなっている現代日本には共通点があるように感じたのがきっかけでした。

『「超」入門 学問のすすめ』鈴木博毅著(ダイヤモンド社)
『学問のすすめ』から、幕末・明治という大転換期のサバイバル戦略を抽出して、現代の日本人にも役立つポイントをダイジェストでまとめた「超入門書」。

 現在、私たちは将来をどうサバイバルしていくか模索していますが、明治維新では見事に人々は転換期を乗り越え、新しい時代を切り拓くことができた。その原動力となった指南書は何か、と考えたときに行き着いたのが、明治維新の5年後に発売され、合計340万部、つまり国民4人に1人が読んだという、福沢諭吉の『学問のすすめ』でした。ここに現代を生き抜く答えがあるのではないか、と感じたんです。

齋藤:でも、鈴木さんはコンサルティングがご専門ですよね。なぜコンサル業界の方がいきなり『学問のすすめ』なのだろうと意外に思う読者も多いかもしれませんが、ビジネスでのご経験と『学問のすすめ』にはつながるところがあるということでしょうか?

鈴木:ええ、仕事におけるイノベーションの方法も、実はこの本の中に書かれていると感じ、それをエッセンスとして描きたいと考えたんです。たとえば、古いルールを理解することが新しいルールの発見にまず必要だと説いているのですが、これもまさにビジネスに当てはまる考え方です。

齋藤孝(さいとう・たかし) 1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大大学院教育学研究科博士課程を経て、現在、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。著書は25万部突破『雑談力が上がる話し方』をはじめ、『学問のすすめ現代語訳』(ちくま新書)、『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『古典力』(岩波新書)、『売れる!ネーミング発想塾』(いずれもダイヤモンド社)など多数。

齋藤:確かに幕末から明治というのはシステムの変化が急でしたよね。でも教養なども含めて、その前のシステムをうまく修めた人間が、変化を上手に修正していった感がある。つまり、明治維新が革命であったことには違いないけれど、前時代の教養やシステムを把握していた人間が行った革命だったと僕も思います。

鈴木:少なくとも「破壊」ではない形の革命でした。連続した変革だと感じます。

齋藤:福沢にしても、幼い頃に受けた漢籍のトレーニングが文章を書く上で一生自分の土台になっている、と言っているんですよね。そういう意味では、西洋の学問を取り入れる上においても、実は江戸時代の教育がものすごく役に立ったということ。やはり古いものの理解なくして、新しいものは吸収できないということを表していると思います。