インベスターZで学ぶ経済教室『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第150回は「もし、25年前に現在のiPhoneのような高性能なスマホがあったら…」という思考実験にお付き合いいただきたい。

世界一の大富豪でも手が届かない「魔法」

 主人公・財前孝史と曽祖父で投資部初代主将の龍五郎は日本の将来について対話を交わす。タイムトラベルの時間切れが迫り、別れ際に記念撮影を提案された龍五郎は、スマホの高性能ぶりに驚愕する。

 龍五郎がスマホに驚愕するシーンはタイムスリップ物のありきたりな描写に見える。だが実は、龍五郎のような驚異の念を引き起こすのに100年もの時の隔たりは必要ない。

 日本で携帯電話が普及したのは1990年代後半。21世紀に入ってからも、テキストと画素の粗い画像、「着メロ」くらいで十分に最新鋭とうたえる時代が続いた。現代のスマホは、わずか四半世紀前の世界にあってさえ、想像を絶する性能を持った驚異のデバイスだ。

 講演や対談でイノベーションのインパクトについて話すとき、私はこんな思考実験を提案する。

「25年前に今と同じスマホがあったら、いくらの値段がつくだろうか」

 利便性は今のスマホと同等と仮定する(※)。超高解像度のカメラと液晶画面。本体とクラウドの膨大なストレージ。高速ネット通信とオンデマンドの多様なコンテンツ。正確無比なGPSにキャッシュレス決済。我々が当たり前のように使っている機能は、25年前には米国大統領や世界一の大富豪でも手が届かない魔法だった。

※編集部注:世界初のスマートフォンは1994年に発売されたIBMの「Simon」とされるが、現在のスマホのような高性能ではなかった。

 25年前に仮に世界に1台しか存在しなかったら、価格は青天井だろう。世界に1万台あったとしても、プライベートジェットより安くなるとは考えられない。そんな夢のデバイスを、今や世界人口の過半、50億人近くが保有している。

 インフレの影響で端末価格は上昇気味とはいえ、世界にもたらした「豊かさ」を考えれば、誤差のようなものだ。スマホは金銭的価値に換算できないほどのインパクトを我々にもたらし、文字通り世界を変えた。

イノベーションと経済格差

漫画インベスターZ 17巻P161『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 ここまでは革命的イノベーションの例示だが、話はここで終わらない。上で私は「金銭的価値に換算できない」と書いたが、インパクトの一部をお金に換えるシステムはある。株式市場だ。

 今、世界の大富豪の多くは企業の創業者であり、保有株が資産の大半を占める。ネットを中心に、世界を変えるようなイノベーションを起こした人々が市場メカニズムを通じて巨万の富を得ている。

 現代の政治・社会問題の多くは格差問題にどこかで繋がる。それを軽視するつもりはないし、何らかの形で是正する再分配の仕組みは必要だろう。

 だが、スマホのようなイノベーションと経済格差は、市場経済の本質であり、いわばコインの表と裏のような関係なのだと私は考える。我々の世界が豊かになるにはイノベーションは必要だ。

「格差を引き起こすから」という理由で四半世紀前にタイムスリップしてスマホの登場を阻止することが人類のためになるとは、とても思えない。依存すれば毒になるのは認めるが、それ以上の便益を我々は享受している。

 このイノベーションと格差の問題を突き詰めると、「なぜ我々は投資をするべきか」という問いへの答えが見えてくると私は考えている。詳細に興味がある方は、私のnote「投資のススメ ピケティの向こう側」をご一読願いたい。投資を巡るモヤモヤが少し晴れるかもしれない。

漫画インベスターZ 17巻P162『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 17巻P163『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク