「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』。「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。
成功者ほど人生の「選択と集中」をしていない
本書で紹介している「オプション・バリュー」とは、文字通り「選択肢の価値」のことです。企業経営ではさまざまな意思決定を行うわけですが、その際、意思決定の対象となる選択肢には経済的価値があると考えます。
「選択と集中」とは真逆の考え方である「保留と分散」を実践しようとするのがリアル・オプションということになります。
本書のこのような指摘について、もしかしたら「でも、成功した人はどこかでリスクを取ってコミットしているのではないか?」と思われた方もおられるかもしれません。
おそらくは、多分に「成功者はリスクを取る」というイメージが先行しているため、そのような疑問を抱かれるのだと思いますが、ここは注意が必要なポイントです。あくまで統計の誤びゅうと言えばそれまでなのですが、確かに成功者はリスクを取っていることが多い一方で、失敗者はそれ以上にリスクを取って失敗しているのです。
私たちは失敗者の伝記を読みません。読むのは成功者の伝記だけです。そこに「リスクを取って起業した」とあれば「なるほど、成功者はやはりリスクを取っている」と考えてしまうわけですが、これは統計学でいう「生存者のバイアス」の典型です。
実際のところはむしろ逆で、成功者ほど、オプション・バリューを保ちながら、リスクをコントロールして起業しているのに対して、失敗者ほど大胆にリスクを取ることがわかっています。
例えば、ビル・ゲイツは、ハーバード大学在学中にマイクロソフトを起業し、そのまま事業を継続して世界一の大富豪になりました。これは非常に有名な話で、ともすれば「一流大学のハーバードに入ったのに、起業のために学歴を捨てるなんて、やっぱりリスクを取ってコミットしているじゃないか」と思われるかもしれませんが、実は仔細に状況を調べてみると、話は変わってきます。
実はビル・ゲイツは、マイクロソフトの起業に当たって、ハーバード大学を「退学」したわけではなく「休学」しています。つまり、起業がうまくいかなかった場合は、すぐに大学に戻れる選択肢、つまりオプション・バリューを持っていたのです。
これは他の創業経営者についても同様です。グーグルの創業経営者の二人はスタンフォード大学在学中にグーグルを創業していますが、二人は退学せず、休学して起業していますし、アップル創業者のスティーブ・ウォズニアックもeBay創業者のピエール・オミダイアも本業を持ちながら(ウォズニアックはヒューレット・パッカード、オミダイアはゼネラル・マジックに勤めていた)、余暇の時間を使って起業し、いよいよ本格的に事業が立ち上がってから正式に退職しています。
極めつきはローリング・ストーンズのミック・ジャガーでしょう。ミック・ジャガーは、ローリング・ストーンズの結成時、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の学生で、父親からは銀行家か財務官僚のキャリアを期待されていたようです。LSEといえば、バートランド・ラッセル、フリードリヒ・ハイエク、ポール・クルーグマンといった錚々たる頭脳が在籍した学校で、ノーベル経済学賞を受賞した学者を17名も輩出している超のつくエリート校です。ミック・ジャガー自身も学業を続けるか、バンド活動に専念するかは相当に迷ったようですが、いよいよローリング・ストーンズがファーストレコードを出し、誰の目にも成功が明らかになってから、やっと正式に退学しています。
彼らは、いわば本業を持ち、リスクをコントロールしながらサイドプロジェクトとして起業し、その起業が成功したことで、徐々に本業から足抜けしていったのです。