「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。

【あなたは大丈夫?】一度は成功したのに、そこから転落する人の共通点・ワースト1Photo: Adobe Stock

居場所は10年で変える

 ポジショニングについての注意点を挙げるとすれば、それは「永続的なポジショニングはない」ということでしょうか。

 これはポジショニング論だけでなく、経営戦略論の世界ではよくある話なのですが、ある大家の大先生から「経営のお手本だ、見習いなさい」と言われた理想的な事例が、あっという間にダメになってしまうということはよく起きるのです。

 例えば、1980年代に出版されて世界的なベストセラーとなったトム・ピータースとロバート・ウォーターマンの『エクセレント・カンパニー』(原題:In Search of Excellence)では、3M、IBM、P&Gといった会社が「エクセレント=素晴らしい」企業として紹介されていますが、この本で紹介された43社の企業の多くは10年と経たずに困難な状況に陥っており、当のピータース自身も「エクセレンシーは永続的なものではない」と認めています。

 またポジショニング論の始祖であるハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーターが、著書『戦略とは何か?』でポジショニング戦略のお手本として例示した映画館チェーン「カーマイク・シネマズ」も、著書の出版後に業界で過当競争が発生し、たった数年後には破綻してしまったのです。大家の先生が、その著書で「お手本だ」と誉めそやしたから、雨後の筍のように類似のビジネスが出てきて破綻してしまった、とも考えられるわけで、なんとも因果なものです。

 つまり「美味しい立地」というのはせいぜい10年程度の賞味期限しかない、ということなのです。私たちの脳みそは相当にポンコツではありますが「あの立地はどうも美味しいらしい」ということを見抜けないほどにマヌケではありません。

 これはライフ・マネジメント・ストラテジーにおいても同様に指摘できることです。私たちの「人生の立地」は静的で固定的なものではなく、ダイナミックに変化していくのですから、この変化をポジティブに受け入れ、自分のポジショニングを常に修正していくことが求められます。

 この変化を拒絶することがどのように恐ろしい結末をもたらすかをユーモラスに描いたのが井伏鱒二の『山椒魚』でした。

 この小説は、小さな岩の隙間に住む山椒魚が、成長するうちにその隙間に閉じ込められてしまい、外に出られなくなるという話です。

 山椒魚は最初、自分の住処が快適で安全であることに満足していますが、成長と共にその場所が窮屈に感じるようになります。しかし、山椒魚は自分の居場所に固執し、他の選択肢を探すことを怠り、新しい挑戦や変化を仕掛けることを避けたため、そこから動けなくなってしまいます。最終的に、山椒魚はその隙間から出ることができず、閉じ込められたままの人生を送ることになります。

 井伏鱒二の『山椒魚』は、私たちのライフ・マネジメント・ストラテジーにも大いなる教訓を与えてくれます。たとえ魅力的でおいしいポジショニングを確保したとしても、社会や自分が変化する中でそのポジションに固執し続けることは危険なのです。