2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
「DEARモデル」とは
前回、紹介したカスタマーヘルススコアの主要な要素をカバーした「DEARモデル」を再掲する。DEARモデルとは、以下の頭文字を取って命名したヘルススコアの設計フレームワークだ(下図)。
縦軸のそれぞれの項目について、解説しよう。
Deployment:ユーザーは適切にプロダクトを利用
開始できているか?
これは、プロダクトやサービス導入直後の顧客が、初期設定やオンボーディングをきちんとできているかの指標だ。つまり製品が正しく使える状態になっているか、を測るものである。そもそも、使い方がわかっていない場合や納得感が低い状態では、その後の「プロダクトを活用した成功」に至るのはむずかしくなる。
計測する指標例:
購入されているユーザー数に対して、実際にプロダクトがデプロイ(実装)されている数の割合がどの程度か?(高い:80%以上、中高:60%-79%、中:40%-59%、低:39%以下)
チュートリアルの視聴が完了して、自分たちでオペレーションができるオンボーディングが完了している割合がどの程度か?(高い:80%以上、中高:60%-79%、中:40%-59%、低:39%以下)
Engagement:
ステークホルダーのエンゲージメント
ステークホルダーとは、契約いただいている製品やサービスの活用やその更新のために関係を持つべき複数の人のことだ。オペレーションを実際に行う担当者だけでなく、そのマネジャーや経営陣などのペルソナがいる。
計測する指標例:
オペレーションを担当しているユーザーのNPS(ネットプロモータースコア:顧客ロイヤリティを測る指標)が高い状態にあるか?(高い:9.5以上、中高:8.6-9.4、中:7.7-8.5、低:7.6以下)
・マネジャーの一定レベル以上の位の方と3ヶ月ごとにビジネスレビューを実施したか?
・キーとなるユーザーがイベントに参加しているか?
Adoption:製品を広く/深く活用してくれているか
ただ単にプロダクトが設置されて使用されているだけでなく、プロダクトが「広く」「深く」活用されているかを検証する。広さは、カスタマーが製品をフル活用できているか、を見る。
Adoptionを計測する目的は、カスタマーがプロダクトをちゃんと使えているか、を知りたいからだ。それがダイレクトにわからない場合でも、傾向値として捉えていく必要がある(製品の活用データのログからAdoptionを取ることが理想だ。だが、それができない場合には「活用してくれているか?」を違う方法で見る)。
計測する指標例:
・製品の中で複数機能がある場合、どれくらいの機能数を使ってくれているか?
・キーとなる機能を使ってくれているか?
・プロダクトの最新バージョンを使っている割合
・トレーニングを完了しているユーザー割合
ROI:製品の価値を感じているか?
ここでは、顧客が製品やサービスに価値を感じているか、を検証する。つまり製品に対して、かけた費用(Investment)に対して価値(Return)が出ているかどうかを見ていく。提供しているツールやログを通じてデータで取れる方法があれば、それらを活用する。
データで取ることが難しい場合は、顧客とのビジネスレビューなどで、あらかじめ定義したゴールに対しての成果が、どの程度達成できているのかを確認する(アンケートやインタビューなどを行う)。
DEARモデルをさらに細かく「フェーズのゴール」「達成の要因」「提供手段/オペレーションカバレッジ」「KPI」などに整理すると、アクションの解像度が高まる。
さらに各要素をベースにして下図のようにスコア化していく。そうすることで、それぞれのユーザーがどの程度、達成できているのかを定量化することができ、エンゲージメントを高めるための具体的な施策を打ち出すことができる。
下図のヘルススコアは、あくまでサンプルなので簡易化しているが、顧客の現在の状態を定量化しているので、どの顧客がどの要素において課題があるのかが可視化できている。
大事なことは、スコアと継続率・解約率が相関しているかどうかである。
スコアが高いにもかかわらず解約していたり、スコアが低いにもかかわらず継続しているようなことがあれば、カスタマーヘルススコアの設定自体が間違っていることになる。
たとえば、上図の右にあるケースだと、カスタマーヘルススコアと継続期間が相関していないので、そもそものカスタマーヘルススコアの設定が正しくないと言える。なので、さらに何度かPDCAを回した上でのチューニングが必要になる。
最初の段階では何が正しいか(どのようにすれば顧客のエンゲージメントが高まり、それが高いサービス/プロダクトの継続率になるか)はわからない。そのため、実際にユーザーを点数としてプロットしてみて、運用する必要がある。運用をしていき、スコアと実情が合うまで継続していく。上図の左のような状態を目指す)。
起業参謀の視点
カスタマーヘルススコアの留意点として、特にプロダクトにある程度、顧客がついてきたタイミング(いわゆるトラクションが出てきたタイミング)で実施すると効果的である。
顧客の数が少ないと誤差になってしまう。20~30社などある程度の数の顧客が見えてくると、そこからパターンも見出せるのでカスタマーヘルススコアが機能する。そのタイミングで、実装することが有効だ。
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。