2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
一度、PMFを達成したとしても、
その状態が長く続くことは少ない
顧客の心理状態は、どんどん変化し続ける。一度、PMF(Product Market Fit)を達成したとしても、その状態が長く続くことは少ない。すぐに陳腐化が始まってしまう。
たとえば、2020年の新型コロナウイルス感染症の蔓延前とコロナ禍、アフターコロナの時代ではユーザーの心境は大きく変わってきている。
一度PMFを達成したとしても、そこに安住せず、常に顧客心理やインサイトを深掘りして、ダイナミックに市場に合わせていくことがPMFの重要なポイントである。PMFを「動詞」として捉えるということだ。
たとえば、Dropbox社はPMFをダイナミックに捉えて、常に更新し続け成功した。下図の通り、最初はデータを保管するいわばUSBの置換機能として普及した。
2010年代初頭は、GoogleフォトやiCloudもなくクラウドコンピュータがそこまで浸透しておらず、すべてのデータがローカルにあり、どのようにファイルを交換するかといえば、USBメモリに全部ファイルを入れて行っていたのだ。
しかし、これは非常に手間がかかる。Dropboxは、このような状況に対して、デモ動画を使ってUSBの代替であるという理解を広げた。そのため、1回目のPMFは、個人ユースが多かった。そして、カスタマーセグメントを多角化しながら、さらなるPMFも実現した。
ただ、本当に大きな市場は、実はBtoCではなく、BtoBであった。
しかし、DropboxのCEOであるドリュー・ハウストンは、そこになかなか踏み込もうとしなかった。その理由を、「最初の頃は反体制的な文化で、法人営業にもなかなか気が進まなかった。我々は皆全員20代で、写真共有といった消費者向けの機能に注力したかった」と語っている。
重要な知見が共有できるツールとして展開
ようやく上場の手前になって、法人ユーザーにもアプローチを始める。単なるファイルの保管だけではなく、ビジネスとして重要な知見の共有ができるツールとしてDropboxを展開していったのだ。
その結果、Dropboxが最も価値を提供しているユーザーは、個人で長編映画を作っているような人ではなく(BtoCではなく)、企業で書類の共有など仕事で利用している人たち(BtoB)だと気づいたのだ。
つまり、上図の通り、Dropboxは一般ユーザー向けに1回目のPMFを達成し、法人向けに2回目のPMFを果たした。さらに、コラボツールを提供して、3回目のPMFを達成したといわれている。
Dropboxの事例の通り、一度PMFしたらそこに安住するのではなく、常に顧客と対話して、インサイトを取りにいき、ダイナミックに顧客にフィットし続けることが重要である。
繰り返しになるが、PMFは状態ではなく動詞である。ここはポイントとして押さえておいてほしい。
起業参謀の問い
・顧客の成功に至るまでのプロセスを型化しているか?
・顧客の成功の状態を定量化しているか?
・外部環境や顧客心理の変化に合わせてPMFを再定義できているか?
まとめ
PMFは状態ではなく動詞である。常に臨場感溢れる顧客像を捉えつつ、顧客心理の変化に合わせて、自社のプロダクトやマーケティング施策や顧客対応をアップデートし続けることが重要になる。
私は、起業家が顧客のことを手触り感のあるペルソナではなく、「数字」で呼びだした瞬間から、その事業の衰退が始まると考えている。
そうならないために、起業参謀は常に、「顧客視点」「虫の眼」を持ち出して、起業家が「顧客起点」からブレないようにする必要がある。こういった視点を導入することは、ともすれば、労力もかかり、「非常に面倒臭い」と起業家に思われるかもしれない。
ただ、前述したように「本質的に価値がある」が「一見面倒臭くて誰もやりたがらない行動」。それを促すことが、起業参謀の提供価値であることに留意いただきたい。
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。