「いつまでに何をするのか」を宣言する

 対話によって考えを深め、主体的に問題解決の方法にたどり着くことが部下の成長につながります。その観点からすると、ケースAの上長の言動は、部下が自ら次の行動を決める成長機会を奪っていることになります。

 ケースBの上長はどうでしょうか。

部下「いま、話をして気づいたのですが、問題なのは、鈴木さんの考え方や物事の進め方ではなく、単に周囲との話し方ですね」
上長「少し問題の焦点が見えてきたみたいですが、どうしていきましょうか?」

 次の行動について、部下自ら考えることを促しています。ケースA、ケースBのどちらにも「いま話をしていて気づいたのですが」というような発言があります。話をしながら考え、話をしながら思いつくという経験は誰にでもあると思います。これも1on1の狙いの1つです。

 そしてケースAでの締めくくりの言葉です。

上長「どうです? 少し道筋が見えてきたんじゃないですか? 私の経験から言って、まずは率直に話してみることが一番です」

 上長が自分の経験が豊富であると部下に自慢したところで、どのような意味があるのでしょうか? この発言からは意図らしいものは感じられません。上長はよく考えずに発言しているようにも見えます。このような発言の積み重ねは、1on1の効果を損ねてしまいます。

 一方で、ケースBの上長はどうでしょうか?

上長「そうですか。鈴木さんとは、近々話をする予定が決まっていますか?」

 ケースBでは、行動の具体的なイメージを浮かべてもらうような問いかけをしています。その後、部下は具体的に鈴木さんと話をする時間まで上長に話しています。上長に行動を話すということは行動宣言であり、コミットメントと言えます。

 実際には具体的な行動ができないかもしれないし、行動してもうまくいかないかもしれない。しかし、行動ができなければ、次の1on1で、なぜ行動ができなかったのかを振り返ればよい。行動してもうまくいかなかったのならば、その理由を考えればよい。

 上長はその支援者となり、粘り強く部下に寄り添う。このような積み重ねによって、考え、行動し、経験から学ぶ部下を育てることができます。

『増補改訂版 ヤフーの1on1』では、部下との対話に必要なコミュニケーション技法について体系的かつ実践的に学ぶことができます。

(本稿は、2017年に発売された『ヤフーの1on1』を改訂した『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下の成長させるコミュニケーションの技法』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です。ヤフー株式会社(当時)は現在LINEヤフー株式会社に社名を変更しましたが、本文中では刊行当時の「ヤフー」表記としております)

本間浩輔(ほんま・こうすけ)
・パーソル総合研究所取締役会長
・朝日新聞社取締役(社外)
・環太平洋大学教授 ほか
1968年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所に入社。2000年スポーツナビの創業に参画。同社がヤフーに傘下入りしたあと、人事担当執行役員、取締役常務執行役員(コーポレート管掌)、Zホールディングス執行役員、Zホールディングスシニアアドバイザーを経て、2024年4月に独立。企業の人材育成や1on1の導入指導に携わる。立教大学大学院経営学専攻リーダーシップ開発コース客員教授、公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル代表理事。神戸大学MBA、筑波大学大学院教育学専修(カウンセリング専攻)、同大学院体育学研究科(体育方法学)修了。著書に『1on1ミーティング 「対話の質」が組織の強さを決める』(吉澤幸太氏との共著、ダイヤモンド社)、『会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング』(中原淳・立教大学教授との共著、光文社新書)、『残業の9割はいらない ヤフーが実践する幸せな働き方』(光文社新書)がある。