7割弱しか更新できない
困難になるコミュニティーの生活

 日本での粗投資がGDP(国民総生産)に占める比率は、70年代前をピークに徐々に低下してきた(図表1)。

 今後、どの程度、維持更新できるのか、可能性を見てみよう。

 まず、建設当時と比べると現在では、経済全体の付加価値生産額(GDP)が増えたので、更新は簡単にできそうな気がする。しかし、建設単価も上昇した。だから、名目額で考えるのでなく、GDPに対する比率で考えるのがよい。

 そこで、かつてGDPのx%を用いて建設した社会資本の更新のためには、現時点でもGDPのx%が必要になると仮定しよう。さらに、投資総額に占める公共投資の比率は一定値aであると仮定しよう。

 すると、70年ごろに毎年、GDPのおよそ38a%の資源を用いて社会資本が建設されたが、いまその更新に使える毎年の資源は、最大限、GDPの26a%しかないことになる。

 したがって、新投資をまったくしなくても、現存する社会資本の約68(=26÷38)%しか更新できない。残る32%は、更新できないので放棄するしかない。

 なお、この推計では、更新に必要な費用が、新設に必要な費用と(GDPに対する比率で)同じと仮定した。しかし実際には、新設の場合のように地下を掘削したりする必要はないので、更新は新設より少ない費用でできるかもしれない。そうであれば、更新可能な施設の比率は68%より高くなる。

 社会資本が機能しないとなれば、それに依存するコミュニティーでの生活は極めて困難になる。上下水道は使えず、道路や橋も使えない。地震などの自然災害に襲われた地域のような状態になってしまうのだ。

 したがって、その地域は放棄しなければならなくなるだろう。

 もっとも日本の総人口は、25年の1億2326万人から70年には8700万人へと、約7割に減ると予測されている。それを考えれば、現存する全ての社会資本を更新する必要はないともいえる。

 だがそうではあっても、居住地を放棄することに伴う社会的な摩擦は極めて大きいだろう。

社会資本の更新に関する国交省推計
約84%しか更新できない

 以上の問題に関する政府の取り組みはどうか?

 政府は13年11月に、政府全体の取り組みとして、「インフラ長寿命化基本計画」を取りまとめた。これは社会資本の計画的な維持管理・更新等の方向性を示す基本計画だ。

 これに基づき国土交通省は、「国土交通省インフラ長寿命化計画(行動計画)」を14年5月に策定した。

 さらに21年6月に、第2次の「国土交通省インフラ長寿命化計画(行動計画)」が策定され、損傷が軽微な段階で補修を行う「予防保全」に基づくインフラメンテナンスへの本格転換などが行われた。

 図表2は、国土交通省が、同省所管の社会資本(道路、港湾、空港、公共賃貸住宅、下水道、都市公園、治水、海岸)を対象に、今後の維持管理・更新費(災害復旧費を含む)を推計したものだ。

 各項目は次のように計算される。

・維持管理費:社会資本のストック額との相関に基づき推計。
・更新費:耐用年数を経過した後に、同一機能で更新すると仮定し、当初新設費を基準に更新費の実態を踏まえて設定。耐用年数は、税法上の耐用年数を示す財務省令を基に、それぞれの施設の更新の実態を踏まえて設定。
・災害復旧費:過去の年平均値を設定。

 そして、維持管理費、更新費、災害復旧費を投資総額から差し引いた額を「充当可能額」としている。これが新規投資に充て得る額だ。

 将来については、投資総額を10年度の値に固定して「充当可能額」を計算している。

 図表2に示すのは、国土交通省による試算結果だ。

 試算は、総投資額を10年以降は、8.3兆円に抑えると仮定されている。このため、充当可能額は減少する。38年度以降は、新設投資をする余裕がなくなり、更新費等も一部削られる。つまり、十分な補修ができなくなる。

 その、結果、11年度から60年度までの50年間に必要な更新費(約190兆円)のうち、約30兆円(全必要額の約16%)の更新ができないとしている。

 上で、図表1のデータに基づき、「7割弱しか更新できない」と推計したが、それとさほど違わない結果だ。

必要性の疑わしい投資を
見直すことがどうしても必要

 国土交通省がかつて行った国民意識調査(2012年)によると、社会資本の更新について「聞いたことがあるが、よく知らない」(36.7%)、「知らなかった」(33.5%)との回答が約7割を占めた。つまり、多くの回答者が十分な認識をしていなかった。

 また、約6割の回答者が「全ての施設の更新」を進めることを希望すると回答している。「負担が増えないよう、施設の重要度などを考慮しつつ優先順位をつけて更新を進め、最終的には全ての施設の更新を進める」が54.3%だ。

「負担が増えるなら、必ずしも全ての施設を更新する必要はない」が24.5%である。「負担が増えても、速やかに全ての施設の更新を進める」は6.7%にすぎない。これらの回答からは、多くの国民が現実を直視していることが分かる。

 ただし、すでに述べたように、具体的な案件について維持更新を諦める決定は、多大の社会的摩擦を伴うだろう。上下水道や道路、橋などを維持できないコミュニティーは居住が不可能になるからだ。

 こうしたことを考慮すれば、必要性の疑わしい投資を見直すことがどうしても必要だ。リニア新幹線がなくても、日本人は生き延びることができる。こうしたプロジェクトに投資する余裕は、もはや日本にはないのではないだろうか?

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)